novel

□結晶伝説 承1
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青年が、静かに女性に歩み寄る。

女性は、綿毛が飛び交う不愉快な程に美しい花畑の中に佇んでいた。

青年が、青々とした瑞々しい草たちを踏みしめて立ち止まると、風がふわりと微笑むように優しく吹いた。

『…何故、ここにいるのだ?』

青年が重い口を開く。

女性は、こちらを振り返ることもなく春風に身をゆだねて言った。

『悲しいことがあったら、こんな美しい景色を見ればいいって言ったのは貴男でしょう?』

『まぁ、確かにそうだが』

彼は気恥ずかしそうに傷のような、稲妻のようなタトゥーが走った頬をぽりぽりと掻く。

するとその目の前に、綿毛が笑うように舞っているのが目に入った。

風にその身を任せて漂う綿毛を青年はぱしり、と取ると、
花と花の間をかきわけるようにして前に進み、その綿毛を女性の頭にそっ…と挿した。


『似合うと思うんだが』

女性は頭に乗っかるようにして添えてある小さな簪(かんざし)に触れると、ふいとそっぽを向いた。

『こんなもの…いつか朽ち果ててしまうわ』

『ならば、朽ちるまで身につけていろ』

青年の突然の一言に、女性はばっ、と振り返る。

優しく塗られたピンクのグロスが、太陽光に反射して麗しく映えた。

『それが私からの餞別だ。
その種よりも先に、お前は朽ちるんじゃないぞ…種がいつか立派な花になるように、お前は華やかに咲き誇れ。
いつか、満開の花を見せてみろ』


彼のその言葉に、女性は頬を赤らめた。

『気障な男性(ひと)。
誰に似たのかしら…でも、嫌いじゃ…ないわ』

女性は頭に映えた、今はまだ小さくて儚い種を称えながら、その場をすっと通り過ぎた。

『ありがとう、ア…』


そこで、アトラスは目を覚ました。


















PM14:00

「…今の夢、何だったんだろう…」

アトラスは起き抜けに1つ、欠伸をして目をこすった。

夢にしては珍しく、ひとつひとつの台詞、周りに広がる景色を、はっきりと、鮮明に覚えていた。

とてもとても美しい光景。


しかしながら、肝心の男女の特徴は、全くと言っていいほど覚えてない。

…何故だろう…?

アトラスは首を傾げ秒折りに刻むガタガタと揺れる列車から窓の外に目を移した。

未だに濃霧は晴れる様子がなく、先ほど夢で見た景色とは天と地ほどの差があった。

ふと下を見ると、エリーゼはまだ気持ちよさそうに寝ていた。


時折首がかくん、と傾き、寝息がアトラスの腕にかかって温かかった。

思わず顔が真っ赤になる。


(そういえば、今まで商業目的以外で女性と接したことなんて無かったっけ…)

アトラスは茹でダコみたく紅く染まった顔を、ぱたぱたと手で仰いだ。

少しでも、興奮を抑えるためだ。


と、次の瞬間、エリーゼの頭が大きくかたぶきアトラスの肩に寄り添った。

(えっ、ちょ、何この状況…)

火照りを冷まそうと思っていたのに、これでまた、アトラスの顔は一気に沸騰した。

笛つきのヤカンなら、ピィ―――――と言う金切り声を上げているところだろう。


『間もなく〜終点、間もなく〜終点』

その時アナウンスが車両内に響き渡り、それを目覚ましにエリーゼは目を覚ました。

「アトラスさん?もう着くの?」

目は半開きで、まるで状況が把握出来てないかのように、エリーゼは辺りをきょろきょろと見渡す。

だが、急にスイッチが入ったかのように目をパッチリと開けた。

「アトラスさん!!見ました!!
あの、頭に羽が生えた女性…と、アトラスさんが話してた、顔に線が入った、男性の……」

アトラスは目を見張った。

そこまで話せばもうわかる。


…同じ夢だ。
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