novel

□結晶伝説 起1
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魔物に追われ、周りが木々に覆われた静かな森を駆ける少年と少女。

少年―――アトラスは、
小さな少女の手を握って離さない。


先ほど頭から落ちたから、まだ激しい痛みは残っている。

でも今、そんな事を彼は気にしていなかった。



走り続けていると、
無造作に草が生えて暗そうな場所がふと目に止まった。


ここに隠れてれば、
少しは時間稼ぎになるかもしれない。

そう思ったアトラスは、
少女を引っ張って素早くその場に身を置いた。

息を潜め様子を伺うと、幸い魔物は気づかなかったようで、その巨大な尻尾を揺さぶりながらどこかへ走っていった。

それを見て緊張の糸が切れたのが、アトラスはほっと息をついた。


一方少女はまだ状況がよく把握出来てないのか、
辺りをきょろきょろと見渡している。


「もう…大丈夫ですか?」

不意に少女が口を開く。


アトラスはそれに応えるように、にっこりと笑った。

「うん、もう行っちゃったみたい」

「あの…そうじゃなくて……頭………」

「あ…………」


少女は申し訳なさそうに
下から彼を覗くように見る。

アトラスは気がついたように頭に手を置いてみると、いつの間にか血は止まっていた。

あれほどの衝撃だというのに、
不思議と痛みはなく、彼は首をかしげる。


「よくわかんないけど…大丈夫みたいだよ」

「そうですか…良かったぁ………」


少女が安心したようにほーっと胸を撫で下ろす。

すると急にどぎまぎしたように、彼女は少年に尋ねた。

「あっ…ごめんなさい…あなたの名前を、お聞きしてなかったですね……」

「そういえば…僕は、アトラス・ショートピア。君は?」

「…エリーゼです。エリーゼ・シンプソンって言います」


「ふふっ、可愛い名前だね」

いつもの条件反射か、
つい口説き文句のような口調になってしまう。


「い、いえ…そんな…」

彼女が照れてどぎまぎしていると、再び足音がこちらに向かってくるのがわかった。

「あっ…あの……」

少女がはっと顔を上げて
真剣な目で訴える。

「あの魔物さんとは、戦わなきゃいけないんでしょうか?」


「……最悪、気づかれたらね」

アトラスは、一息おいてから答えた。


勝率がはっきり言ってかなり低いからだ。

自分は武器もなく、
彼女も見たところそんなものは………


「……………」

アトラスは目を見張った。


さっきは血で視界が潰れていたのか、度重なる事故により慌てふためいていて気づかなかったのか、
よく見ると腰のベルトから2つの輪っかを下げている。


「…それは………?」

「あっ、これは………」


彼女は腰から器用にその輪を取り出した。

「チャクラムって言います。
…護身用のために…持っているんです」


『護身用のため』のところで、彼女は一呼吸おいていた。

…どうやら、何か事情があるようである。


アトラスがそう考えていたその時だった。

「………!!アトラスさん、後ろっ!!!」

「え?」

エリーゼに言われて振り返ると、そこには先ほど自分たちを追っていた恐竜のような魔物の姿。


最悪の事態、だ。


その魔物が大きく唸ると、
息で木々がざわざわと揺れ、
鳥たちは慌てふためき飛び去った。


アトラスの顔が引きつる。


その巨体に見合った、
相応の力を持っているらしい。

(どうする…どうする…どうしよう!!)


アトラスが後ずさりすると、
目の前に小さな影が重なった。


「や、やめて…下さい」

言葉など通じるはずもないのに、彼女…エリーゼは、震える体で魔物に訴えた。

「彼は、私を助けてくれたんです!!自分が傷だらけになるのも構わず…だから…だから、お願いです!!この場は見逃して下さい!!!」


だが魔物はそんなことなど知ったことじゃないと、
巨大な尻尾を少女に向かって振り下ろした。


「っ!!止めろっ!!!」


アトラスは、その場にあった木の棒を持つと、それでその一撃を止めた。

力が強すぎる。

この…まま……じゃ………

「エンジェリング!!」

少女の声と同時に力が緩む。

顔を上げると、不意に太陽光に当たって反射した銀製の影が、蒼天を突き抜けた。

その輪が持ち主の所へ返ってきたかと思うと、少女は既に凛とした力強い瞳になっていた。

「アトラスさん、戦いましょう!!」

そして、そう叫ぶ。


「こうなった以上、仕方ありません!!」

よく見ると、足が震えている。

本当は怖いんだ。

…でも!!

「そうだね…やろう!!」

アトラスは、その先が尖った木の枝を持ち、構えた。
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