novel

□結晶伝説 起3
1ページ/10ページ

ルダールを教会に勧誘してから、一夜明けた朝。


あの後、任務遂行報告を不眠の呪いを持ったエッドに任せ、他は全員、深い安息についていた。

アトラスは、窓から零れる朝日と、どこからか漂ってくる異臭により目を覚ました。


体のあちこちが痛い。

まだ戦闘慣れしてないからだろうが、普段は使わない場所ばかりが筋肉痛を起こしていた。



「いったたたた……」

腰をかがめて、少しでも痛みを軽減させようとするその姿は、老人そのものだった。


その時再び、あの異臭がやってきた。


何かが焦げたような臭い、
肉が腐ったような臭い、
酸味が混じった異様な臭い。

すべてが鼻を突く。


アトラスが臭いがする方向へ行ってみると、
そこは食堂だった。



しかし、アトラスの部屋は食堂の上の階。

…何故ここまで異様な臭いが漂ってくるのか…。


恐る恐る中へ入ってみると、
厨房にいたのはエリーゼとあの厳しそうな修道女…アンディだった。


エリーゼはいつも下ろしている髪を二つしばりにし、
一方のアンディは昨日とは打って変わって空色の髪をたくし上げて団子状にまとめている。


女性って髪型だけでも
こんなに雰囲気が変わるんだな、とアトラスは思った。


…それよりも…



「な、何作ってんの?」


アトラスが青ざめた顔で
厨房を指差す。

するとエリーゼは、にっこりと笑って答えた。

「んっと、アンディさんと一緒に玉子焼き作ってるんですけど、なんか、うまくいかなくて…」


アトラスが身を乗り出して
フライパンの上を覗いてみると、そこに乗っているものは玉子ではなく、よくわからない物体だった。

色は醤油を入れた、だけではすまない茶に染まっており、ところどころ焦げて黒くなっている。


形も散々で、何か黒い粒々が浮いており、もはや例えようがない。


アトラスは覚悟を決めてフライパンから出ている煙を思いきり吸い込んだ。


次の瞬間、アトラスは目をカッ、と見開き、その後すぐにむせて、咳き込んだ。


異臭の原因はこれだ。

「だ、大丈夫ですか?アトラスさん…」

エリーゼが心配するように
フライパンから目を離してアトラスを見る。


と同時に、熱を帯びすぎて限界温度をとうに超えていたフライパンから、炎が噴き出す。


「きゃ――――――っ!!!」

「何してんのエリーゼ、すぐに消火!!」


アンディがそう命令すると、
何を思ったのかエリーゼは消火器を取り出してフライパンにその中身をぶちまけた。


消火の勢いがよすぎたのか、アトラスの顔にも大量の粉がかかる。

「ぶはっ、げほっ!」

アトラスは再びむせた。

「ご、ごめんなさいっ!!」

慌てて謝るエリーゼ。


「だ、だびじょうふ…ばお」

先ほどの異臭と、粉を吸い込みすぎたせいでもはや呂律が回ってない。

エリーゼは慌てるようにして厨房から飛び出し、アトラスの背中を何度か叩いた。


少しだけ、楽になった気がする。

「あ、ありがほ…」

アトラスの方は大分落ち着いたが、厨房はまったく落ち着いていなかった。

当然フライパンの上に乗っている物体はもう食べられそうにない。


それでもアンディの方は
何が何でも調理を続けるつもりで、ボウルの中身を必死そうにかき混ぜていた。


「アンディさん、何をやってるんですか?」

アトラスは苦笑いを噛みしめながら指を差して訊いてみた。


「何って、玉子焼きがダメになっちゃったから、作り直してるの。見ればわかるでしょ?」


と言う彼女だったが、
ボウルの中に入ってるのは、どうみても卵じゃない。


「…何を入れました?」

「えっと、まず卵でしょ、あと小麦粉、醤油、それからスカイナが魚のすり身入れてたのを見たことがあったから、魚の干物」

…もしかして、伊達巻きと玉子焼きを同じものだと勘違いしているのだろうか。


彼女にそう言われ、魚の干物がどこにあるのか探してみると、ちょうどその身を削られたくさやが目に入った。


「…なによその残念そうな顔は。
見てなさいよ、私が絶対に美味しい玉子焼きを…」

と言ってアンディが粉まみれの使い物にならないフライパンの隣においた、煙がもうもうと出ているフライパンにその卵もどきを流し込んだ瞬間、温められすぎて膨張した油が勢い良くはじけだした。


「えっ!?ちょ、どうなってんのよこれ!!」

アンディが慌てて菜箸で卵を混ぜだしたが、油のカーニバルは止まらない。


ついにはそのフライパンも、炎を噴き出した。


「エリーゼ、止めてぇぇ!!」

「え、え、えっ?は、はいっ!!」


止まらない悲鳴と悪臭と炎。


もうめちゃくちゃ……の朝だった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ