novel

□結晶伝説 起1
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かつてこの世界には、
三人の魔女がいた。


三人の魔女の内、
一人は、善なる魔女。
一人は、悪なる魔女。
一人は、無なる魔女。


悪なる魔女は自分の力を最大限に使った魔物を造りだし、それを使って世界を破壊しようとした。


それを止めるべく、
立ち上がった者たちがいた。


それが、七人の賢者だった。


賢者たちは善なる魔女の力を借りて魔物を倒し、そして封印した。


しかし、完全には封印しきれず、仕方なく賢者たちはその魔物が持っていた特性…すなわち呪いを、一人ずつ受け持った。




そしてこれが、これから始まる物語の、壮大な幕開けとなる――――…




















アルカンタ大陸。


その中にある小さな港町、ナージタ。

磯の香りが漂うこの町に、
一人の少年が住んでいた。



「んぅ…っ」

彼は届け物である荷物を置くと、腕を蒼天に伸ばし肩の力を抜いた。


薄いオレンジに腕部分は赤いジャケットに、腰にポシェットをつけて黒いだぼだぼのズボンを重ねている。


彼は目的地まで急ぎ足で行くと、その家の呼び鈴を鳴らした。


「こんにちはー」

彼がそう言うと、その家の住人が出てくる。

「あらあら、アトラスくん」

アトラス…それが、この少年…この物語の主人公の名前である。


「ピザの配達に参りました」

アトラス・ショートピアが
笑顔で荷物を差し出すと、
住人もまた笑顔になった。


「いつも悪いわねぇ…」

「いえ、仕事ですから」


軽く会釈をすると、
アトラスはまたもと来た道を帰る素振りを見せる。

それに気づいたのか、
住人もにっこりと笑って礼を軽く言うとすぐに扉を閉めた。


これが彼の日常だ。

幼い頃から両親がいないアトラスは、家々を、職を年齢を偽って働き、生きるための金を、稼いできた。


力仕事、料理、骨董、時にはその少女らしいあどけなさの残った容姿を生かした仕事まで。



「……よしっ」


チェックのついた伝票を見て彼は微笑む。

これでピザの宅配の仕事は終了だ。

あとは店に戻って報告をすれば…


…とその時だった。


「バウッ、ハウッ!ハッ、ハッ」

「うわっ………!!」

(なんで犬が、こんな所に…!!)


気がついた時には、自分はその犬から逃げ出していた。

彼はかつてせっかく貯めた金を盗られた上に足を噛みつかれたという苦い思い出から、犬が大の苦手である。

アトラスが逃げたことで、
犬は何故か彼の後を追ってくる。


逃げるうちに、気がつけばアトラスは裏道に入っていって、前も後ろも見ずに走っていた。

そのため、目の前を通り過ぎようとした影に彼は気づかず、そのまま激突し、そして勢いで柵を壊しその先にある崖から真っ逆さまに堕ちていった。

「へっ…?うわああぁぁぁぁっ!!!」

「きゃあぁぁあぁ―――――っ!!!」

状況が呑み込めないが、
ぶつかって一緒に堕ちたのは女性だと声でわかった。

少年は、気づけば少女の身体を抱きしめていた。

小さい。

死なせて…なるものか!


その思いだけが、彼を突き動かしていた。


この際自分はどうでもいい。


しかし…彼女は…


そう思った瞬間、2人は地面に激突した。


















「あのっ」

暗闇の中で、少女の声が響く。

それにつられて恐る恐る瞳を開けてみると、自分を心配そうに見る少女の姿が視界に入り込んだ。

頭が痛い。


自分は……何を………


そう思った時、上半身を起こして頭を押さえると、その手には鮮血がべっとりとついていた。

「………え?」

ようやく思い出した。

自分は犬から逃げて、
女の子と衝突して、そのまま崖から落ちて………

そう自覚した時、頭に激痛が走り血がだらだらと垂れてきた。


少女が心配そうに自分を見る。


「だ、大丈夫…ですか?」

どう見ても大丈夫ではないが、少女は持っていたハンカチでアトラスの顔を優しく拭く。


女性に面識がない彼は、
それだけで顔が赤くなった。

少女の容貌は、オレンジ色のロングヘアーに新緑の瞳が特徴的だった。


その少女が、ハンカチが血に染まるまで拭き取ると、ぺこりと頭を下げた。


「…ごめんなさい…私の、私のせいで…」


花弁を思わせる袖から覗く小さな手が震えている。


「あ、いや…大丈夫です」

アトラスは強がって柔和な笑顔を見せたが、本当は頭に尋常じゃない痛みが残っている。


ふと、少女が顔を上げた。

「でも…どうして、死ななかったんでしょう?不幸中の幸い…ですかね」

言われてみれば。

頭からあれだけ血を流しているということは、相当な衝撃があったろうに…

いや、下手をすれば、首の骨を折って即死していたかもしれない。


それなのに…どうして…




アトラスが思考を蜘蛛の巣のように張り巡らせていた時、不意に何かの足音がした。

魔物だ。

「いけない!!」

運悪く、アトラスは武器を持っていない。

恐らくは彼女もそうだろう。

響き渡る地響き。


すると木々の向こうに、
恐竜のような形をした怪物がいることに気がついた。
向こうもこちらを見ている。


アトラスは、慌てふためく彼女の腕を掴んで、すぐさま走り出した。


「え…あっ、えと…」

「君も一緒に逃げよう!!」

「はっ…はい!!!」

そのまま少年と少女は、草木の生い茂るその地を駆けだした。


この繋いだ手が、これから紡ぎ出す伝説の始まりだったのは、今は誰も知らない………
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