オリジナル

□僕の声が聞こえるなら
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今年の春は短かった。

例年より冷え込んだせいで四月にはいっても桜は満開を迎えなかったし、例年より雨が多く振り続いたので桜が早く散ってしまったからかもしれない。

いやちがう。

僕の中では今年は特別とも言える春を経験したから短いと感じたのだろう。一生忘れることが出来ないそんな悲しくも儚い春を…。

四月二日僕は慌ただしくも高校の入学式を終えて帰宅への道を歩んでいた。四月初旬になっても毎年満開になる桜たちが今年はこぞって防寒着をきたままでいる。そのうえ肌に刺さるほど冷たい風がゴウゴウと音をあげながら僕を追いかけてくる。
僕は近くにあるカフェテラスに入ろうと自宅への道を少しずれた。店内に入ると昼過ぎという時間だけあってなかなか繁盛してあるようだった。僕が店の入口から一番遠いカウンターに腰を下ろしてカバンを下に置いたところで声をかけられた。

「お客さん悪いがそこは指定席でね移ってもらえると嬉しいんじゃが。」

白い髭を顎に生やした老人のバーテンは申し訳なさそうにいったがそのことばには有無を言わせぬ力があった。

「あ、はいわかりました。」

僕はただ店の客が出入りするときに生じる風にあたりたくなかっただけでこれといって反抗する要素がなかったので代わりに差し出された店端の二人席に座りなおした。2・3分たって注文したホットミルクが机に運ばれてきた。それになぜかクッキーも。
僕がそれを不審そうに見ているのがわかったのだろう。運んだ先程のバーテンが苦笑しながらいった。

「なに、さっきのお礼だよ。初見のお客さんにわざわざ譲ってもらったからね」

「はぁそれはお気遣いどうも」

ありがとうございますと言葉を続けようとしたところでふと視線の先に自分が譲った席が見えた。というよりもむしろそこに座っている人間が

「あれ?おじいさんアソコの席」

誰かいますよという僕の言葉は再び今度はおじいさんによって遮られた。おじいさんは僕の言葉を聞くなりバッとその席を振り返ったのだ。その拍子に後ろにあった空の椅子が賑やかな店内に大きな音を響かせて床に倒れた。

それぞれで今まで話に花を咲かせていた人たちもそちらをいっせいに音を立てたほうを見やった。そんな中おじいさんは気にした風もなくじっとあの席をじっと見つめている。ぼくはその様子を届けられたホットミルクに手をつけることもなくただ呆然と眺めるしかなかった。
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