戯作

□死神人間
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本日の収穫。
段差につまずいた事による擦り傷、打撲。
階段の上から落ちてきた地球儀を肩で受け止めた。
帰りに寄ったコンビニで小銭を落として拾った拍子にカウンターなぶつけたのとサッカーボールが当たったのとでたんこぶが二ヶ所。
最近、俺はとことんツイてない。


死神人間


1


「あ、いたたっ」
狭いアパートのリビングで、思ったよりしみる消毒液に孝太郎は声を上げた。
近頃、孝太郎から生傷の絶える日はない。
あまりにも酷い状況に、友人知人はお払いを勧める始末だった。
打撲箇所に湿布を貼り、一息。
と、ピンポーンと間の抜けたチャイムが鳴った。
「はいはぁい」
ドアを開けるとそこにいたのは、ブレザーを着た少年だった。
表情はないが整っているらしい容貌の彼は、しかし顔の左半分を仮面で隠している。
「初めまして。湯野川孝太郎さん、ですね?」
「はあ、まあ」
「俺は閻魔局特別認可で死神をしております、通称死神人間の春雅宮祈と申します」
孝太郎は、その突拍子もない言葉に暫し絶句した。
復活したのは
「孝太郎さん?」
と呼ぶ声に気付いたからだ。
「死神?」
「死神人間です」
「それが何で俺の所に?」
「実はですね、」
そこまで言って、祈は辺りを伺うように視線を巡らせ始めた。
「あまり公にしたくない話もありますから、中に入れて頂けませんか」
「入れた途端にザクッとか」
「しませんよ」
祈は良いとも言われないうちに玄関に身体を滑り込ませた。
祈がソファに座り孝太郎が床に腰を下ろす。
「貴方は閻魔帳によると一ヶ月と四日と十八時間と三十七分と二秒前に死んでいる事になっています」
早々縁起でもない事を言われた孝太郎は、いい加減腹が立った。
簡単に入れてしまったが、もしや新手の詐欺ではないかと思う。
「馬鹿言うな、俺はこうしてピンピンしてるぜ?それにだな、俺はお前さんが」
「春雅宮祈です」
「春雅宮君が死神代行とか言うのも信じてないんだからな」
祈はその言葉をとうに予想していたのか、眉一つ動かさなかった。
「まず一つ目の貴方が生きている理由ですが、それは貴方の守護霊に問題があります」
「守護霊?」
「貴方の守護霊は若くして亡くなった維新志士です。教科書に名の載るような大物ではありませんが。その方が、」
と言って祈は中空を指差した。
孝太郎も釣られてそちらを見るが、天井の隅が見えただけだった。
「その方が、死神をことごとく退けておられるんですよ。運命通り物は動く落ちる飛ぶ壊れるのにいない筈の人間が軌道を塞ぐから、貴方は怪我ばかりしているんです」
嘘か本当かは置いておいて、孝太郎はただただ驚くばかりだった。
「二つ目。俺が本物の死神代行者かどうか」
祈はすっと立ち上がると、ゴミ箱から瓶を取り出す。
そして真ん中辺りを軽く叩くと瓶は粉々に砕けてゴミ箱に逆戻りした。
「な、なんだ!?手品?」
ゴミ箱を覗く。
硝子の欠片がキラキラと光って、割れたと言うよりはむしろ切ったような壊れ方だった。
「良いですか、よく聞いて下さい。この世に存在する物には全て、貴方も私もテレビもノートも例外なく、死線と壊眼線を持っています。例えば俺の死線ならここ、ここ、ここ、ここ」
言いながら頭首胸腹と手を当てる。
「貴方は…」
「言ってくれなくて良いっ」
祈は差し出し掛けた手を下ろした。
「そうですか。それでですね、俺の場合は死線が赤、壊眼線が青に光って見えます。見え方には個人差がありますが見えさえすれば後は手刀だけでも何人でも殺せます」
「何人でも?」
「はい。一分の狂いもなく正確に当てれば即死です」
人間があの瓶のようになるのを想像して孝太郎は身震いした。
「通常の死線と壊眼線の他に全ての物体には他の物体とは決定的に違う場所に特死線を持っています。ある人は肩だったり太股だったりしますが、例外はない。これは俺には銀色に見えています。線を見る能力は生まれつき備わっている方もいれば後天的に、何かの拍子に偶然得てしまう方もいます。因みに俺は後者で、現在死神人間は日本に五百一人、世界的には一万五千人ほどが日夜代行活動をしております」
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