呪阻返し

□おかしな三人
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CACE1明と紫乃生の場合


そんなつもりは無かった。本当に。
自分はバイだという自覚はあった。
だから同性の友人とは浅く付き合うように気を付けていた。
男も好きになれると気付かれたりしたら事だ。
けれど彼は、何となく馬が合った。
入学式で新入生総代を務め一年生にして既に最高学府への進学が有望視されている秀才、自分とは正反対のタイプ、なのに。
感性や価値観が似ていたのだろうか、気が付くと親友と呼べるポジションに、彼はいた。
折角できた友人なのだから大切にしようと、そう思ったのは嘘ではない。
筈だったのに。


切れ長の一重が見開かれ、その目にはありありと驚きが浮かんでいる。
しかし、それをまじまじと観察している紫乃生も、少なからず動揺していた。
キス。してしまった。
世界史が苦手な紫乃生のために、放課後先生をしてくれる明の。
一言一句を聞き漏らすまいと殊勝な気持ちで蠢いている唇を見つめていたら。
それ、を吸ってみたくなったのだ。
「しの…」
「ごめん!」
言われる前に謝った。
明の眉間に皺が寄る。
「ほんっと悪かったっ」
もう一度繰り返すと、明はそうかと呟いた。
「じゃあ、続きだ。諸子百家で有名なのは孔子、その弟子の孟子の…」
この反応に、何も言わせないつもりで謝った筈の紫乃生は大いに慌てた。
何でそんな平然としてんの気持ち悪くないのもしかして初めてじゃないのと様々な疑問が駆け巡る。
「あの…ヒメさん?」
「その呼び方ヤメロ」
「明さん」
「何だ」
「何か、感想とか無いの」
「感想?」
「俺の、その、あれだ、キスについて」
明は暫く無表情で紫乃生の顔を見ていたが、やがて
「お前の唇、結構気持ち良いな」
と言い放ち、紫乃生を脱力させた。
「なに、明、ゲイな人?」
「いや、ノーマルなつもりだが?ちゃんとAVで抜けるし」
「じゃ何、その反応の薄さは」
「別に騒ぐ気にならなかった。犬や猫に顔舐められて、お前は騒ぐのか?」
「俺は犬猫かい…」
「もしくは俺が自分で気付いてないだけで、俺は異常性愛者なのかもな。ショタとかロリとかペドとかネクロとか」
さらりと凄い発言を聞かされ、紫乃生は泣きたい気持ちになった。
「俺のキスの理由は気にならないんだ…?」
「ならないとは言わない。一応、俺の記念すべきファーストキスだからな。ただろくでもない理由を聞かされそうな気がするから、言いたくないのならまあ良いかと」
見抜かれている。
口籠もった紫乃生に、明は笑い出した。
「本当にろくでもない理由なのか」
余程おかしいらしく、なかなか笑いは収まらない。
「明、笑いすぎ」
憮然として睨み付けた、明の笑顔。に、心臓が震えた。
頭の中が真っ白になる。
違う違う違う、と否定しようとしても、下半身の重みは本物。
親友ができた経験も本気で恋愛をした経験も無かったから未区分だっただけで。
本当は、この感情は。
「理由は、あるよ」
「へえ」
「でも、俺にはろくでもなくないけど、明にはろくでもないかも」
「言ってみろよ、聞いてやるから」
「俺さ、明の事好きみたいなんだけど。友達としてじゃなく、えーと、セクシャルな話込みで」
「お前、彼女いなかったっけ」
「や、あの子は彼女っつーかセフレで…確かにカラダは気持ち良いんだけど、明とは『結婚ヲ前提ニオ付キ合イシテ下サイ』っていう感じ」
「現行民法じゃ同性同士の結婚はできない」
「突っ込み所はそこじゃないから。ものの例えって奴だから」
冗談でボケていると分かっていても切り返さずにいられない、余裕の無さが恨めしい。
今までどうやって相手を口説いていたのか必死に思い出してみても、そのどれもが明に相応しいとは到底思えなかった。
「んで、返事は?」
「ああ、悪いな。返事はノーだ」
「やっぱり、男と付き合うなんて気持ち悪いか…」
「いや、別に。紫乃生なら気にならない」
「じゃ、何で?」
「俺にも、好きな奴がいるから」
「え、ええええ!?」
初耳だ、全然分からなかった、明は今までそんな事はお首にも出さなかった。
「言っておくが、これは断る口実じゃないからな」
「そこは疑ってないけど」
歯に衣せぬ物言いで定評のある明なら、気持ち悪いなら気持ち悪いとはっきり言うだろうという事は想像に難くなかった。
「なら、良い。俺は、好きな奴がいるのにお前と付き合うような不誠実な男になるつもりはないんだ。…悪いな」
紫乃生はただ、解ったと言って引き下がるしかない。
頬杖をついて、明はうっすらと笑む。
その笑顔は、綺麗すぎた。
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