真夜中のお伽人形

□第2話 お伽ばなし
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(天正9年 2月)



「のう隆勝…なぜわしの頼みを聞く気になった?」

「ほかならぬ信長公のご命令…聞かぬ者などおりませぬ。」

「違うな。」



信長の傍らには世にも美しい女がぐったりとして眠っていた。

睦み合った後のけだるい空気。

呼びつけを受けた建部隆勝には彼の言っている意味が分からなかった。

近う。

そう言われ、畏まって彼の枕元に近づいた。



「…そなたがわしの命を受ける事で、”得”をする者が他にいるのであろう?」

「その…ような…。」

「隠さずとも良い。分かっていた事じゃ。」



信長は煙草の煙をふう…と御簾の向こうに向けて吐き出した。

葡萄牙(ポルトガル)より伝来した西欧の煙草の匂いは香を生業とする隆勝には少々きつかった。

息を止めて耐えていると、信長はこう言った。



「そなたが育てた者達は、その”価値”を理解する者の手で守りつがなければ生きていけぬであろう。」

「信長様…。」

「欲しいという者にはくれてやるがよい。わしははなから独り占めする気などないのだからな。」



隆勝はその場に平伏した。

信長の手が傍らの女の髪を撫でる。

彼女は信長の一番のお気に入りだった。

黒髪に指が滑るたび、甘い香りが部屋に漂う。

信長は女を「葉桜(はざくら)」と呼んでいた。



「葉桜はわしの子を成せぬのであったな…。」

「はっ…。成せぬことはありませぬが…香のない御子が産まれようかと存じます。」

「この女に極上の子を成す事のできる男を宛がってやるがよい。」

「しかし信長様…葉桜をお召しになってから1月と経ってはおりませぬが…。」

「…また戦が始まるのじゃ。葉桜は連れては行けぬ。」



広く開いた天守の窓から広く城下の街が見える。

それを遠く見下す信長の目は、遠く西の方角に向いていた。

視線の先が戦場に注がれている。

御意。

そう答え、隆勝は御前を下がった。



「蘭丸。」

「はい、ここに。」

「信長様が…葉桜をそなたに下さるそうだ。」



部屋の外に控えていた若い男はさっと顔を赤らめた。

隆勝は彼の頬をそっと撫で、よかったな、と小さく言った。

触れたその場所から、何とも形容しがたい芳しい香が立ち上った。




「じきによい月が出る。信長様不在の間…存分に『励む』がよい。」




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