斬首台のシシィより貴方へ
□【プロローグ】 シシィの翼
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【プロローグ】 シシィの翼
カーンという真新しい音が3つ、教会から村の中に響きわたる。
隣町の教会の鐘の音など、普段なら気にもしないのに、ギムレットはその音に素早く反応し、削っていたラワンの木片を机の上に置いた。
「始まるのか・・・。」
馬屋の前に寝ていた隣のヨークシャーテリアが人々がわさわさと騒ぎ始めるのに反応して喧しく吠えはじめると、それに反応した周りの家々の犬も吠えはじめた。
犬は人間の感情に敏感なのかもしれない。
人々は家に鍵をかけ、あるいは子供や老人らに留守を任せると、ワンワン吠えたてられながら村の出入口から次々に出ていった。
村人の息は白く、皆冬用のウサギの毛皮を着ている。
町の人々は彼らの獣臭さに顔をしかめるかもしれない。
だが、今日はそんな事を気にする者はいない。
今日は誰が何と言おうと彼らの「晴れの日」なのだ。
「アスティ、君は行かないのか?」
ギムレットは隣の家の中に少女の姿を見つけて声をかけた。
少女は彼の姿を見ると、誰かに気づかれないようにそっと家の中に手招きした。
「ママはこういうの嫌いだったわ。」
アスティは連れだって町のほうへ行く人々をただじっと見ていた。
人々は見るからに浮き足立っていて、男も女も祭りが始まる前のように頬を上気させている。
少し酒が入ったかのような者達もいる。
それに反して、恐ろしいほどに暗い顔をしている者もいる。
彼らはむしろ殺気立ち、無言のまま目を光らせてこれから行く場所を見据えている。
そういう者達は皆、足を引きずったり片腕を失ったりした者であった。
「おばあさまも行かないのかい?」
「パパだって嫌いだったもの。」
アスティはそう言って、糸車の前に座った。
大きな輪が回り始めると、彼女の手の中の羊の毛が、するすると冬用の毛糸に変わっていった。
意地を張っている。
ギムレットはその横顔にぎゅっと押しこめられた彼女の「本音」を見た。
だが、敢えて何も言わないことにした。
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