ゆずの香

□ひとひらの幸福を
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††


「店、に?」

おうむ返しに聞き返したわたしに宿の主人は相好を崩して頷いた。

「お前ももう十五になる。そろそろ店に上がっても良い年頃だろう」

「…………」

主人の言葉に押し黙る。
珍しく話があると言われて部屋を訪れてみたら、これだ。
そうか、ついにきたのか。


「悪い話ではないだろう。上等な衣装を着て、首飾りや髪飾りできれいに飾って、下働きのような雑用もしなくて良い」

「…………」

「フィオ」

幾分硬度を増した主人の声にちいさく返事を返す。
そっと見上げれば、厳しい顔をした主人が腕を組んでこちらを見下ろしていた。

「よもや、忘れたわけではないな。何の役にも立たないガキを買って、わざわざ育ててやったのは誰だ」

「旦那さま、です」


そうだ、と満足そうに笑った主人は大きな手でくしゃりとわたしの頭を撫でた。

「なら、解るな?なに、怖がることはない。お前は器量が良いんだから、優しくしてもらえるさ」

「…………」

そのまま俯くように頷いて、気づかれないようにちいさくちいさく息を吐いた。

††

「あら、フィオ」

主人の部屋から戻る道すがら、姉さんの一人に声を掛けられた。長い髪が濡れている。今朝風呂を沸かせと言ってきたラン姉さんだ。おそらく、早速湯を浴びてきたのだろう。
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