短編

□ワレノアイ
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だって、

と彼女の唇は丸い形を作った。とても、美しい曲線だった。赤い赤いルージュが似合う唇に、纏う艶やかな輝き。赤い間隙から見え隠れするは、白い歯。それがとても扇情的で、まるで誘っているようなつやつやしさを醸し出す。

つまり、

僕は彼女の唇に手を添えたくなる、そのフォルムを指でなぞりたくなる衝動を飲み込んだ。なぜ、そんなに君は美しい。まるで、己の全てが善だとでも言うように。まるで僕の全てを全否定するかのように。
それほどまでに彼女の美しさは全肯定されていた。
もう一度、唇を開いていた。

つまり、君は殺していないと。

ええ、当たり前よ。私はここに、ずっとここに、いたわ。
長い時間、ずっとここに。

あぁ、そうだよ。知ってる。僕は君を、ここに入れた人だからね。
知ってるよ。
知ってるさ。

なら、

でも、君が殺したんだよ。
君が、君が……
ねえ、どうして?どうして殺す必要があったの……

かつて、艶やかな光沢を放っていたであろう肌は、かさかさに渇いてしまって。なお艶やかな光を放つ君の前に姿を現すのがとても嫌だろうと感じる。
これで、もう、永遠に釣り合わないのだ、
黄金の輝きを放つ髪が、尚も、このほの暗い空間を照らす。
緋色の煌めきを放つ瞳が、尚も、僕の中身までを見透かす。

だって、

美しい赤い唇のフォルム。

だって、

間隙からかいま見る白い歯。

貴方がわるいの。私をここに閉じ込めた。
私をここに閉じ込めた!!

そして、ねぇ、そして、

裏切ったわ。

ねぇ、

裏切ったわよね!!!

貴方は私をここに閉じ込めて、そして、他の女を娶ったわ。
私をここに閉じ込めて!!!

あぁ、それが許されることなのかしら。

だから、私は殺したのよ。
しってるでしょう。
貴方の指は、あの感覚を。

彼女のあのきめ細かな肌を、
触れる、柔らかな髪を、
喘ぐ唇の感触を!!!

しってるでしょう。

楽しそうに、踊るように、跳ねるように、動く唇に、目を奪われる。血の滴るような赤に、目を捕われる。
なんて美しい。

仕方ないだろう?
君を手放したくなかったんだよ。

かさかさに渇いた肌が、あまりに哀れではあったけど、彼女の前に平伏せるこの喜びにくらべれば、そんな些細なこと、どうでもいい。そうだろう。
彼女に手を這わせる。
艶やかな肌に。

さぁ、今度こそ、一緒に行こうか。
ねぇ君は何処に行きたい?
連れていくよ。

ごぽっと、彼女の口から空気が漏れる。
唇が半月になって、微笑んでいるのだと理解する。
美しい。

永遠の愛が生きているところ。

そうだね、それこそが僕達の国だ。

手は、彼女のそばにある太い黒い線を握っていた。彼女を生かす、その線。
死と生を区切る境界線。

それを、あいつは、握っている。

許さない。

でもね、ねぇ、あなた……
私は、あなたと行く気はないわ。

僕は、彼女を包むガラスケースの後ろから姿を現した。

父さん。悪いけど、一人で行ってよ。
入口までは、送るからさ。

握ったナイフが、細った体に滑り込む感覚がした。弱く小さくなった心臓が、パンっと破裂する想像をする。

彼女は僕と行くのさ。
永遠を求めてね……

ねぇ、エリーゼ?

そして僕は、歳の割には痩せてボロボロになった彼の体を放り投げた。
その黒い線のその付け根の部分に。

どさっと何か質量のあるものにぶつかる音がする。

さぁ、行こうか、エリーゼ。
永遠の愛が生きるところに。

大丈夫よ……。貴方は、大丈夫。


もうすこし、この空間が明るければ、あいつは気が着いたダロウに。

徐々に小さくなる鼓動に、耳を傾けながら、彼は薄く笑った。

己の下に累々と積み重なっているのは、かつて、自分が父親と読んだ人。
かつて、自分が彼女と行くために、邪魔だからと排除したもの。
そうか、
そうか、


これが、彼女の永遠の愛の世界か。


溶けていく意識に、全てを預ける。
死とは違うナニカが、体に忍び込んで、私を奪って抜けていく。
それが行く先は、彼女の内だ。

彼女と共に、
私は生きよう。
私の名は、エマ。
永遠を授かり、彼女に与えるもの。

彼の名もエマ。
彼女を捕らえしもの。
彼女に捕われしもの。
彼女の糧になるもの。



そして、彼女は永久に愛を手に入れる。






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