短編

□カイガ
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まるで、そこは絵画の中。
油絵のそれの様に、でこぼこと立体感のある濃淡の白い雲は、白の眩しさからか、それともあまりに手で掴めるようだからかどこかうそくさい香りにつつまれていて、風にそよぐ大きな美しい緑は、赤い屋根の小さな家に濃い影を落としている。
果てしなく広がるかに見える黄金畑は、夕日の朱に照らされて尚、その黄金を際立たせる。

まるでそこは夢の中。
明晰夢と言うらしい、夢の中で、夢だと分かる夢の事を。
あぁ、これは、きっと夢なのだろう。
美しい現実はやがて崩壊し、儚い幻はやがて自身で創設される。
だから、これは夢。
四角い絵画の中で味わう四角い夢。
本物に見えて、本物でない。
現実に見えて、現実でない。
夢であって、それは夢。

絵画の中に、入ってみたいと思った事はないだろうか。
美しく再現された、現実、永遠の中に。
ある女は永遠な美を手に入れ、
ある者は楽しいひと時を留め、
ある物語は瞳に取り込まれ、
ある物は朽ちることない、一瞬に、
絵画とは、なんて素晴らしい。
出来ることなら、と考えた事はないだろうか。
一瞬を永遠に、と考えた事はないだろうか。

例えば、と赤い屋根の小さな家の住人は唇を開いた。
例えば、絵画の中に入ってしまうとしよう。
えぇ、とあなたは曖昧な相槌をうつ。
あなたは、明らかに有り得ないとわかっているからこその反応だ。
すると、赤い屋根の小さな家の住人はにっこりと、笑窪を見せて笑うだろう。
例えばだよ、と。

例えば、その絵画の中では、祭が行われているとする。楽しい楽しい祭だ。
赤は、美しく楽しく生の象徴と言える。
子供が甲高い声で実りを讃え、ばら色の唇で大きな円を描き聖歌を唄い、頬を楽しさのあたり紅に染める。女は、いつもは赤く割れた働き者の美しい手を高く高く挙げ、喜びを込めているし、こそかしこですでに出来上がってしまった男達は真っ赤な顔で野次を飛ばし、楽しそうに手を叩く。
赤をふんだんに使った絵だ。
とても楽しそうに。
あなたはそこに入ったとしよう。
あなたはとても孤独だったとしよう。
楽しそうな輪にあなたは憧れを抱くのだ。
導き手の手を離し、あなたはその中へ深く深くおちてゆく。
あなたはその輪に入る。
絵に入っていってしまう。

さぁ、と彼……赤い屋根の小さな家の住人はカップを傾けて、ちらりと外を見た。黄金畑が広く広がり、まるで、四角い黄金の純結晶がそこに横たわっているようだ。
波打つ、美しい黄金。
赤い屋根の小さな家の住人は唇を潤してから再び会話を続ける。

時は、時によって永遠となる。
絵画の中もまた然り。
楽しい祭はやがて夜が来ることで、終わりを迎えるだろう。
闇が全てを覆いつくして、見えなくしてしまうから。
だけど、絵の中に夜はない。
そもそも夜という、闇というものがその絵には組み込まれていないから。
祭の村人達はずっと赤に包まれて楽しい夢を見る。何十年も、何世紀も。
永遠が、絵から離れるまで。
永遠が望む物はきっと闇にちがいない。

ならばその時あなたはどうなるのだろうか
絵はあなたを迎え入れたが、放す事は恐らくないだろう。絵は道連れにするはずだ。
ズルズルと、自らが進みつつある永遠にあなたを引きずり込む。
あなたは楽しい夢を見ているから気がつかない。
万が一、あなたが悲しみに溢れる夢に入っても、悲しみのあまり気がつかない。
一度、絵に入ってしまうと、絵に気持ちを乗っ取られてしまうんだ。
あなたは、闇に身を投じる。

赤い屋根の小さな家の住人はかたんと、カップを置いた。
うそくさい空が延々と連なっている。
うそくさい稲穂が延々と連なっている。
あなたはきっと気がつかない。
きっと。

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