まほろく

□第2精 薄闇色の朝
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 お父さん。と私の口は嬉しそうに形を作る。彼の姿を木々の隙間から垣間見たからだ。様子から、自分を探しているのがよくわかった。だから、声をあげる。お父さん、と。

 それが、引き金になるなんて、誰が分かっただろう?

 お父さんの向こうには、眠っていた妖魔がいたのだ。黒く、体の大きなサイのような妖魔。その角は人の体など簡単に突き通して、大きな風穴を開けてしまうだろうと思うぐらい太くて力強い。

 赤紫の瞳が、開き、お父さんの姿を視認する。私の助けを求めた声がきっかけで。

 そして、その大きな顎を、お父さんの頭の上に降らせようとする。私は一瞬意識が飛んだ気がした。

 無我夢中で魔法を、私が使える唯一の力を発動させる。偏に、お父さんを助ける為に。

 鋼の刃は、一足遅く、妖魔の胸を切り裂いた。お父さんの体から、血飛沫が飛ぶ。妖魔の顎は、お父さんの肩に大きく食いついていたのだ。それは、体に流れる大きな血管を傷付けたらしく、血が止まる気配は全くなかった。

 そして、運が悪く、お父さんが血を吹き上げて、私の力が妖魔を裂いた瞬間を、私を探していた他の村の人間がみていた。



 そこから先は、最悪だった。


 お父さんは死んだ。もう、肩を食いちぎられた瞬間に、ショック死していたらしく、私を見つけた時の嬉しそうな表情のまま、固くなっていた。

 お母さんは、村人から何故私の存在を隠していたのかと糾弾される日々だった。人々はお母さんに、私が妖魔をけしかけてお父さんを殺した風に見えただのと吹き込んだ。すぐにそれは見間違いだとされたが、私の認識が軽くなるはずは決してなく。
 お母さんは目に見えて衰弱していった。お父さんが死んだ今、全ての責はお母さんに降り懸かっていたのだ。

 あの子の病気が、さらに悪化したのも、このころだった。
 看病に努めたが、日に日にあの子の病状は悪化していく。

 医者に見せることも叶わなかった。貧しかった私達に、お父さんが死んだ今それだけの金を用意することが出来なかったのである。

 私があの時、いつも通りに、お花無かったよ、と帰っていれば、こんなことにはならなかったのに。

 後悔してもしきれない気持ちが体を苛む。
 お母さんは、私を見て、苦い表情をするようになった。


 ある日、村人が私の家にきていったのは、私の身柄を、何処か何処かよそにやるならば、このまま村に置いてやるといった内容だった。母が返事に窮していると、相手は、新宗大国ラルドという国が、私のような忌み児を買っている、とお母さんに畳みかけた。

 泣いて謝る母を見て、私はラルドに売られる事を決めた。

 迷う必要はない。お金がはいれば、あの子の体を医者に見せることができるのだ。お父さんを殺す原因を作った私が出来る、最良のことだった。

 私が悪いんだから。










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