まほろく

□第1精 藍色の空
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 褥の下に手を差し込んだ。

 夜、真夜中、静かな自室の真ん中で。


 自分の体温でほんのりと畳が温かいそこに、手を差し込むのが子供の時から好きだった。布団の中のほっかりした温もりでなく、畳の本来の冷たさが怖い世界から救い出してくれるような、頭の芯がかちりと音をたてるようなその温度が好きだった。


 だから、不用意に。


 ―――眠りに着くときは褥に手を差し入れてはいけないよ。

 幼い頃はもとより、今でも度々それは私が暮らす国では、口をすっばくするぐらい言われていた。

 何でも、褥の下には、大きな暗い穴があるらしい。
 夢の手、というらしい。
 人が眠りに着くとき、夢の手は自然と地の底、人の心の倉庫から這い出てきて褥へとへばり付く。

 そして、夢の手を通じて流れてきた物が、夢となるらしい。

 全て推測。
 だけど、古き住人は口を揃えてこう言う。


 決して、必ず、褥の下には。

 怪物がいるから。

 引きずりこまれてしまうよ、怪物に。



 その得体のしれない強い力で、引かれてさまえばあとは底まで落ちてしまう。人の想いの海にざぶんと落ちて、あとは溶けてしまうだけ。

 溶かされて、溶かされて、私というものが無くなって。

 あとはただ、たゆたうだけ。

 いろんな想いが渦巻く海に、揉まれながら、押し潰されながら。


 だけど、私は暖かさが欲しかった。

 真綿で包まれる暖かさではない、どこか突き放すような、冷たい暖かさが欲しかった。

 だから、

 ざりっとした畳に手がこすれて、微かに引っかき傷が出来て、でも気にしないで、褥に手を差し込んだ。

 冷たくて、暖かい。
 こんな家に生まれたからか、常に真綿の優しさで包まれている私には、程よく息のつける暖かさだった。


 あぁ、かわいい妹。
 だめだろうそこは。

 姉様……

 だめだろうそこは。
 さぁさぁ、手をのばしな。
 さぁさぁ、姉様に手をのばしな。


 そして、愛して止まない、姉の声に耳を傾ける。







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