まほろく

□プロローグ
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魔神の天空を司る神様が気まぐれに起こす雲。というのを略して、神気雲、といった。が、空に泳いでいた。
気候ごとに色を変えるので色彩雲とも呼ばれている。

窓に肘をつきながら、別世界にふけるイデヤは寒雪期と暖雨期の合間のこの長い差期の到来をつげる黄緑の雲を見てため息をこぼす。

世界の西の端の大国ラルドに特有の暖雨期と寒雪期。
その間を取り持つのが差期で、二つの時期に比べて比較的安定した天気になり、西に多く見られる嵐もこの時期にはぱったりと姿を消すほどだ。

一番静かでで、ゆったりとした長い平安。
代わり映えのしない毎日。退屈な日々。

「一先ず、お前らは季節が変わってもうるさい、と。」

窓についた肘をぱったりと落とし、室内を振り返って騒音の元を無気力に見た。

「だって、ルルがひどいんだよっ」

金髪金目のキーリが喚き傍らの女の子を指さす。金色の軽く波打つ毛が、興奮に合わせてふわふわとなびく。
指をさされた方は、唇の端に微かに嘲笑と取れる笑みをやどし、

「キーリ。季節が変わっても、貴女は相変わらず馬鹿ね。」

と、再確認するようにうなづく。

「ちょっとそれ言い過ぎじゃない?もー、こうなったら、」
「おぉい、力は…」
「こうなったらこてんぱんにやっつけてやる!電電・鳴神に宿りし力の鼓動・キーリ→音叉!!」

黒髪の子の制止の声を聞いていないのか聞こえていないのか、完全に無視する。

契約名と呪文と共にキーリの爪が自らの腕に術記号を描いた。
自分の中の精素を鳴神と証し、自分の体を音叉として精霊魔法を発動する。びりびりした電力をまとい、音の波が無表情な女の子に飛ぶ。

「止めても無駄か」

寮長が来ても知らないからな。

仲がいい二人の事だ、そのうち収まるだろう。
再び窓の外に視線を戻し、別世界への帰宅準備を始める。下の芝生で、何人かの生徒がボール遊びをしていた。本当に暇だ。

「ふふふ。鋼来・古き大地の記憶・テーブル→盾」

笑うというより、ただたんに「ふ」という発音を連呼しただけの笑い声が、不気味に似合う女の子、ルルが傍にあった小さな丸テーブルに指を滑らせて、契約名をあげ、呪文を唱え、術記号を描いた。

雷が含まれた増幅音が鋼鉄となったテーブルに阻まれて、窓で、自分の世界に浸る黒髪の子に跳ね返る。
二人の女の子は、同じ笑みを浮かべていた。

「滴花・包めよ包め我守れ・コップの水→吸収剤」

ぽよんっと現れた水泡に阻まれ、包まれ、キーリの精素具現魔法は呆気なく水の特性の一つである”鎮静”の前に崩れ去る。

「あ〜残念。ぼんやりイデヤを奇襲作戦は失敗だよ、ルル。さすがレオナ(女王)級だねっ。別世界行ってても本当カッコイイよ」
「ダーツ(騎士)級とあんま変わんねーよ」
黒髪の子・イデヤのぼんやりした声にキーリの顔がほころぶ。くすっと女の子っぽく微笑んだ。

「あれ、珍しい…雨の神気雲が出てる。」

イデヤの頭越しに空を見上げたルルが無表情に話す。

「本当、すごい珍しいねっ。ね、イデヤ」
「さっきまで、風の雲だったんだけどな〜」


いつしか、黄緑のくもが雨露をたっぷり含んだ藍色に変わっていた。
差期には雪雨量が明らかに少なくなるここラルドに、ゆっくりと雨が近付いて来る。

とても、珍しい事に。
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