パラレル・ワールド

□レモント
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キッチンは、トーストの焼ける香ばしい匂いと入れたてのコーヒーの匂いで一杯だ。
東側の窓からは眩しい光が差し込んでいる。きっと今日も外はよい天気だろう。
デニムのエプロンをした線の細い男がキッチンに立ち、食事の支度をしている。
すぐ傍には四人掛けの白いペンキで塗られた手作りのテーブルがあり、そこにはクシャクシャの真っ黒な髪の毛の子どもが座って、口を尖らせて皿とにらめっこしている。

「アカヤ、ニンジンもちゃんと食べろ。」

キッチンに立っていた青年が振り向き、コーヒー片手に子どもの向かいに座る。

「やだ…。」

子どもはぷっくりした頬を膨らませて首を横に振る。

「ヤダじゃない。」
「だって不味いんだもん…。」
「味なんて飾りだ。」

青年はフン、と鼻で笑う。

「いいか、人参はカロチン、ビタミンともに豊富な野菜だ。スポーツマンなら味など忘れてとにかく食え。」

かなり無茶だが有無を言わさない青年の言葉に、子どもは大きな声で叫ぶしかない。

「やだっ」

と、大きな声で叫んだのが運のつきだ。其の隙に青年は、大きく開かれた口に指で人参を摘みポイ、と放りこむ。

「わああん!ワカシのアホ!!マズイ!」
「ハイハイ。」

子どもはぐずぐずと鼻を鳴らす。青年は流すように相槌を打ち、コーヒーを一口飲んだ。

「ホラ、もう少しでバスの時間だろ。さっさと仕度しろよ。」
「……はあい。」

子どもは不貞腐れながら食べ終えた空っぽの皿とカップを流しに運び、水につけた。

子どもと青年は手を繋いで外に出る。
思ったとおり、外は雲ひとつ無い真っ青な空だ。
庭の芝生は青々を茂り、真ん中には此処に引っ越す前から生えていたリンゴの木がある。
それを横切り、二人は歩道に立ってバスを待つ。

「今度ね、来月のテニスの試合のレギュラー決めんの。」
「そうか。」
「オレ、誰にも負けないよ。」

怖いもの知らずのその瞳に青年はフ、と柔らかく笑うと頭をポンポンと優しく触れた。

「しっかりやって来い。」
「もちろん!」

そんなやり取りをしていると、向こう側からブルルル、と古い車の音をたてながらスクールバスがやってくる。

「じゃあ行ってきますワカシ。」
「ああ。行ってらっしゃい、アカヤ。」

アカヤはバスに乗り込むと仲のよい友達と挨拶をする。それから動き出したバスの中からいつも青年に手を振るのだ。見えなくなるまで、ずっと。もちろん青年も手を振ってやる。


その子どもと青年はあまり似ていない。
例えば子どもの髪の毛は真っ黒でクシャクシャの癖毛だが、青年は日本人には珍しく亜麻色の髪の色に癖のない素直で真っ直ぐな髪の毛だった。子どもの目は大きくて猫のようにちょっと釣りあがっていたが、青年は切れ長で目元の涼やかな鋭い目をしていた。

見ての通り二人は血は繋がっていない。
しかし二人は親子だった。
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