D灰

□もしもの話
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「テメーがいきなり変なことグチグチ言い出すからだろ」
「別に変なことなんて言ってません」


あいつは何か言いながらも、笑っていた。苦笑に近い笑いだったが、確かにあの時は笑っていたんだ。



数ヶ月が経ち、久しぶりにモヤシと任務がかぶった日のこと。
俺の隣で歩いていたモヤシが、何故かやたらと忘れ物をしたと嘆いていたことを覚えている。
その時の俺は特に気にも止めなかった。ああ、やっぱり馬鹿だ、ぐらいにしか思っていなかった。
あいつの忘れぐせが酷く目立ってきたのは、また数ヶ月経ってからのことだった。
俺が任務から帰ってくると、ずっと廊下を行ったり来たりしてるモヤシを発見した。
不本意ながら聞いてみると、自分の部屋が分からなくなったのだという。
俺はやっとここで、モヤシが話していたもしもの話をふと思い出した。


「おい」
「なんですか?」
「俺の名前は」
「はぁ? 何言ってるんですか貴方は・・・え?」


モヤシも自分の症状に戸惑っているようだった。
この後からだ、俺とモヤシが一緒に行動し始めたのは。
最初は何かあった時のためとコムイに言われて渋々だったが、その内自主的に一緒の時間を過ごすことが多くなった。
遺憾ながらモヤシに情を抱き始めていた頃、俺は心のどこかで「もしも」だと繰り返すことが多くなった。
その理由は、モヤシの物忘れが際立ってきていたからだった。
いつだったかモヤシは俺にこう言った。
もしも自分が変わるようなことがあれば自分を殺してくれと。
その未来が近くなっているのではないかと、自身の心が焦りを感じた。


「・・・また無くすのか」
「どうしたんですか、えと・・・」
「神田だ」
「神田」


もうこいつは完全に周りの奴らの名前を思い出すことはできないほどに弱っていた。
だったらこいつがコイツじゃなくなる前に×××てしまうのは。
そこまでの考えに至って俺はハッとする。無意識のうちに握りしめていた右手の拳に力を入れる。
随分と久しぶりに恐怖心を味わった。



「そしてー・・・」
「待て」


俺の額に青筋が浮かぶ。
どうしてあのもしもの話からここまでブッ飛んだ思考にたどり着くんだこのモヤシは。
そして俺が気色悪い。


「もしもの話ですって」
「うるせぇ、黙れ」


俺の返答にモヤシがため息を吐く。
俺とモヤシがそんな関係になるわけねぇ。
あったとしたらそれはこの世の終わりだ。


「ええ、終わりです」
「勝手に人の心を読むんじゃねぇ」
「顔に書いてありますよ」


モヤシはあの虫唾が走る、上っ面の笑みを浮かべて俺を見据えた。
モヤシの顔が俺の堪忍袋を大きく揺さぶる。
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