D灰

□架空の世界
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ここは教団内の広いロビー。
この会話は僕たちがまだ教団で過ごしていた時の会話だ。
ほんの些細な会話だったが、今でも脳裏に印象強く残っている。
僕たちが想像した架空の世界の話。
絶対に存在しない、これからも作られない馬鹿馬鹿しい世界の話。


「ねぇ神田」


その日は天候がとても悪い日だった気がする。
一日中雨で、教団内は独特の湿気にまいっていた。
僕は紅茶を飲みながら、談話室のソファーに座っていた。
気だるそうに窓の外を見ていたら、任務帰りだったのか、ずいぶんといらだった様子の神田が僕の目の前に座った。
しばらくお互い沈黙を続けていたが、僕はふと無意識に神田へとしゃべりかけた。
それに神田は答えない。


「神田。神田は別世界の自分を考えたことがありますか?」
「・・・知らねぇ」


いつもならここで終わるはずの会話だったが、僕は言葉を紡いだ。
神田は相変わらずこちらに顔を向けはしない。
かまわず僕は話を続けた。神田は気分悪そうに眉を寄せる。


「僕はありますよ。馬鹿みたいな空想話」
「はっ、くだらねぇな」
「ええ、くだらない。ちょっと聞いていきませんか?」


返事はまったく聞こえないが、席を立とうともしないので僕は肯定と取った。


僕は不思議な世界をたまに夢見るんです。
それはとてもふわふわした世界で、足元に地面が無いような感覚。
周りを見渡すと、視界一面花が咲き誇る野原なんだ。
僕は顔も知らない人を父さん、母さんと呼びながら手を繋いでその野原を歩いているんです。
知らない人なのに繋いでる手は温かくて。とても安心するんだ。
そして、その世界の僕にはペンタクルが無い。比例してイノセンスもない。“普通”の子なんです。
AKUMAも存在しない、とても平和な世界。


「・・・ありえねーな」


今まで黙って聞いていた神田は、そこまでしゃべり終えると口を挟んできた。
平和という文字に納得できなかったのか。
あるいは所詮は夢。心底くだらなく思えたのか。
この今生きる世界とかけはなれすぎていて、僕を馬鹿だと思ったのか。


「くだらねえ・・・」
「でもそんな世界でもなぜかものたりなかったんだ」
「欲だな」
「本当に」


たぶんそう思ったのは、AKUMAもイノセンスもない。
つまり、僕は神田たちと会えないってことに気づいたから。
今生きる現実はとても生半可な世界じゃないし、住み心地がいいとはあまり言えない。
けれど、神田たちがいないってだけでこんなにも世界は違うんだと気づいたんだ。
神田には絶対言わないけど。


「何だ」
「別に」
「・・・俺は今の世界のままでいい」
「どうしてですか?」


神田はここで始めて僕を見た。目がばっちりと合う。
僕は思わず顔を逸らしそうになったが、そらすことはなかった。
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