D灰

□もしもの話
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モヤシが突然話しかけてきたかと思えば、話し始めた内容は仮定の話だった。
俺にそんな暇はねぇ!と怒鳴りつけてやったが、モヤシはとくに気にした風もなく話を続けやがった。
こいつは遠慮というものを知らないのか。馬鹿だ。


「神田聞いてます?」
「うっせぇよ、話すんなら早く話しやがれ」
「ですからもしもの話。時が進むごとに、僕の記憶が薄れていく病気だったら・・・神田はどうします?」
「どうもしねぇ。そんなん年をとれば誰でもなるだろ」
「僕の年での話ですよ」


いきなりこいつは、なに訳のわからねぇことをほざいてやがる。
記憶がなくなる? もしそれが自然の摂理だったらしょうがねぇと諦めるしかねーだろ。
人間は万能じゃねぇ。そんな摩訶不思議な病気が存在したとしても、治すこともできないだろうしな。
・・・仮定の話をしはじめたとき、一瞬こいつの顔が本気だったことには驚いたけどな。


「全て忘れるんです。最初は物忘れが他人より激しくなる程度かもしれません。それが次には通い慣れた道すらも分からなくなって。ふと気づくと、自分が何してるのかも忘れてしまったり。最終的には仲間の名前や存在すら忘れてしまったり。僕は・・・マナの名前も忘れるんです。そして僕は狂ってしまうのかもしれません。自分の立ち位置も分からなくなって、あなたたちを襲ってしまうかもしれません」


ああ、やっとモヤシの言いたいことがわかった。
長くベラベラとしゃべってるから、途中から半分しか聞いてなかったしな。
そういや、どっかの廊下でファインダーたちがくだらねーことしゃべってやがったな。
モヤシの存在がノアだからどーたらこーたら。っち、くだらね。
まさかこいつはそれをどっかで運悪く聞いてしまって、んでこんな話を俺にしはじめたんじゃねーだろーな。だとしたら一発殴っていいか。


「その病気の恐ろしいところは、最後には自分が誰だかも分からなくなってしまうことです。その人間には何も残らない・・・残された選択肢といえば」


だんだん声をしぼめていくモヤシ。最後の方はほとんど聞き取れなかった。
モヤシは無表情のまま顔を俯けている。
顔色は優れなく、いつものような上面だけの笑顔すらうかべねぇ。
無表情のまま何か考え込んでいるようだった。
俺はおもいっきり鳩尾に拳を叩き込んでやった。
綺麗に決まったらしく、表情は一変し、眉を寄せてプルプルと痛みに耐えている。
相当いいところに入ったのか、叫び声は「ぐ・・・」だけで終わった。


「い、いきなりなにしてくれてんですか」
「テメーの顔が気に入らなかったんだよ」
「なんて理不尽な理由・・・!!」


モヤシは前のテンションが戻ってきたのか、大きい声で俺に怒鳴っている。
個人的にはこちらの方がしっくりくるしいいんだけどな。
腹の痛みが収まったのか、元の体勢に戻ると、なかなかの目つきで俺を睨んできやがった。
俺の上がりかけていた気分が一気に急降下する。
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