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□狂気
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まだ私が若い頃。旦那様は1つの拾い物をした。
綺麗な黒髪を持ち、赤い目をした綺麗な子ども。歳は9才くらいだろうか。
大雨の中、その子どもは路地裏にうずくまって座っていた。
寒いのか体を震わせながら、子どもは旦那様と私を見つめていた。
その目には生気が感じられない。


「田中、僕は決めたよ」


旦那様は静かに笑うと、足を曲げてその場に座り、子どもの視線に合うように顔を覗き込んでいた。
子どもの頭に旦那様の手が置かれると、子どもは大きく肩を跳ねさせる。
旦那様はその様子に微笑み、次に私の方を振り向いた。


「田中、この子連れて帰ろう」


よほどお気になされたのか、震えて怯える子どもを抱き抱えて、旦那様は馬車へお乗りになった。
馬車の中でも旦那様はひどくご満悦のようで、子どもを離すことはしなかった。
子どもは状況が理解出来ていないようで、抱かれたままさらに恐怖を増幅させている様だった。
子どもの様子から、以前何をされていたのか容易に想像出来た。だが口には出さないでおこう。ファントムハイヴの執事としては下品なので。


「さあ、今日からここが君のお家だよ」


旦那様の声に反応し、子どもは恐る恐る屋敷を見上げる。
言葉の意味を理解したのか、その瞳は驚きで染まっていた。
子どもの反応に旦那様はご満足されたようで、子どもを下ろすことはせず、そのまま抱き抱えて屋敷の中へ入っていきました。
子どもは屋敷の内装や辺りの景色に興味があるようで、先ほどよりは幾分か明るい表情で顔を世話しなく動かしていた。


「気に入ってもらえたようで良かった。それと挨拶がまだだったね。初めまして、僕の名前はヴィゼント・ファントムハイヴ。君の名前は?」


旦那様は子どもを床に下ろし、笑顔で丁寧に挨拶をした。
子どもは申し訳なさそうに旦那様を見ると、本日初めて声を出した。
まだ成長期前の高い、凛と張った美しく声が私たちの耳に届く。


「……私に名前はありません」
「おや、じゃあ僕が君に名前をあげよう」
「貴族様が……? そんなっ、勿体ない!」
「大丈夫。あ、そうだ。“セバスチャン”とかどう?」


旦那様の提案に、セバスチャンと名づけられた少年は嬉しそうに何度も口だけを動かす。
声には出していないが、セバスチャンという名前は気に入ったようだ。
旦那様はセバスチャンの頭に手を置き数回撫でると、今度は私の方へお身体をお向けになさいました。


「すまない、田中。早急に一室、子供部屋を用意できないか?」
「かしこまりました。ファントムハイヴの名にかけて」


「重いよ、田中」などとおっしゃりながら、旦那様はセバスチャンを連れて自室へお向かいになられました。
この行動には少々驚いたのを私は今でも覚えています。
滅多に他人をプライベートルームにはお入れにならない旦那様が、あの少年には何も言わず、踏み込むことを許したのですから。
 

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