CLANdestine

□中
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「…しんっじらんない」


牢から出してくれたかと思えばいきなり身一つでわたし放り出して去っていった枢を、驚きと呆れを込めた声で罵った。あり得ない。本っ当に、あり得ない。目を回して天を仰ぐ。帰ってきたらボコボコにしてやる、99%実現し得ない行動を決意しながら、わたしはとりあえず怒った。放置されたショックが薄れ湧き上がったのは、怒りの感情だった。


「…なに考えてるのよ」


そこまで声に出して言ってみて、はたと思考を止めた。自分は何を今さら立腹しているのだろう。枢の行動の要諦が理解できないのはいつもの事で、思えば、同じ日付けに生まれたにも関わらず、わたしが兄の思考に通暁できた瞬間なんて、ほぼ皆無に等しかった。


「…でも、本当に一人なのよね」


どうしようか。驚きと怒りを一通り経験したわたしは、そのまま立っているわけにもいかず、とりあえず歩き回ることにした。ここが何処か、今日は何時か、自分は何故こんなところに連れて来られたのだろうか、何か手掛かりを掴めるかもしれない。きょろきょろと四方を見回しながら足を進める。

「年季の入った建造物である」というのはどこかに書いてあったわけではないけれど、庭に立っていた椿の老木から容易に推測できた。どうやらここは、古い屋敷のようだった。豪華な装飾品や光度の低い照明から判断するに、多分ヴァンパイアの、しかもそれなりに地位のある貴族の家らしい。気配を探ってみると、案の定遠くの方に集団のざわめきが聞こえた。多分使用人のものだろう。


――枢はここの家に世話になっているのかしら。


可能性を考察してみる。玖蘭「家」は無くなってしまったから、誰か他のヴァンパイアの家に厄介になっているのかもしれない。というか、そうだろう。純血種に恩を売りたがる貴族なんて掃いて捨てるほどいるからどの家かは分からないけれど。何となく面白くなくて、わたしは小さなため息をついた。


(あ、分かれ道)


ふらふらと彷徨っていると、廊下が二股に分かれている場所に辿りついた。右に曲がろうかな、ぼんやりと思い浮かべながら右折するために足を運んだ。別に目的地が在るわけでもないし、どっちに進んだって一緒だろう。だが意識せずに曲がった先に居たのは思いもよらぬ人物だった。


「理知ちゃん?!」

「へ?」


見覚えの無い青年を目に写したのと、彼がわたしの名前を呼んだのはほぼ同時だった。


「…え?」

「理知ちゃん?理知ちゃんだよね、枢の双子の妹さん!」


わたしの元へ一目散に駆け寄って来たのは、金髪碧眼の美青年。芸能人、思わずそう連想してしまう程の整った風貌をしている。流麗な金髪は黄金色の粉を蒔いたようにキラキラと輝いていた。くすんだ静止画のようなこの屋敷には似合わない。太陽のような彼がこんな薄暗い場所で何をしているんだろう、ほんの少し、人質に取られた王子さまみたいだと思った。


「久しぶり!」

「…あ、えっと」


再三に渡ってわたしに声を掛ける青年に戸惑う。こんな知り合い、いたっけ。霞掛った記憶を探ったけれどそれらしき人物は思いだせなかった。


「あ、ほら、その反応!やっぱり理知ちゃんだ。僕のこと覚えてない?何度か合ってるよ、ほら。十年くらい前の家の夏至祭とか」


夏至祭と聞いて記憶の片隅で鈴が鳴った。昔、お父さまとお母さまと、枢お兄様と一緒に行ったことがある。あの日は青空が綺麗で、はしゃぎすぎて苦笑されたっけ。パーティーに着いてからはわたしと枢で会場をうろうろしてて、それで男の子に花園を案内してもらった。…ん?男の子?


「…拓麻くん?」

「そうだよ。思い出してくれた?」


美人になったね、人の良い笑顔で話しかけてくる幼馴染をもう一度まじまじと見つめる。一瞬見ただけでは分からなかったが、言われてみれば、翠緑がかった瞳には見覚えがあった。というか、笑顔も変わっていない。唯一の変化は、ともすれば少女と間違えられたような可愛らしい表貌が、貴公子のものになっているところだ。夏の日に見たあどけない青年がこうまでも成長したのだから、分からなかったのも無理は無い、と思う。



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