CLANdestine

□愚者の選択
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ーー血には想いが現れるという。その人を恋うる想いは言葉もを超えるのだと。

だが強すぎる想いを孕んだとき、その感情は一体何処に流れるのだろうか。

紅い血を啜りながら、自分は今夜も君の中の「僕」を求める。


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白色のシーツに身を沈めながら、理知は眠っていた。眠っている、そう表現するよりは失神しているといった方が正しいのだろう。浅い呼吸を繰り返す彼女の様子に先程までの情事を思い返す。

白い肌には痛々しい鬱血紺が浮かんでいた。その赤い華を散らしたのは僕だ。未だ治りきらない唇の跡は妙に艶かしかった。まるで所有の証のようで、サディスティックな笑みが浮かぶ。
 

ーーこの少女は何を思っているのだろうか。

 
睡眠に溺れる彼女を見ていると、ふと、意識の無い彼女の心を覘いてみたいと思った。毎夜僕に犯され続けることを、理知はどう感じているのだろう。情事の時に口にする血は、強く僕の名を呼んでいる。だが平時はどうだろうか。僕はいつだって君のことを考えているけれど、君の心に玖蘭枢はどういう存在として住んでいるのだろうか。
 
抱いている瞬間、理知の血からはいつも強く僕を思う味がする。愛なのか悲しみなのか、怒りなのか憎しみなのかは分からないけれど、それでも、玖蘭枢が思われているという事実だけは感じ取ることができる。
 

「…」

 
掬い上げた長い髪が僕の指先をすり抜けた。音も無く零れ落ちる美しい絹に、ああ僕の想いと同じなのだと思わずにはいられなかった。理知に、ーー僕が優姫を好きだと信じて疑わない君に、心の願いが届くことはない。
 
空になった指先を理知の首筋へと移した。静かにそっと、首筋に掛かった髪を退ける。
 

「……」
 

彼女、理知を噛む瞬間はいつも恐怖を感じてしまう。初めて血を啜ったときからそうだった。他の誰かを見ていたら僕はどうすればいい。僕以外を愛していたらどう生きればいい。それ以前に、彼女の瞳に僕が写ってすらいなかったらどう振り向かせばいい、いつだって想像しただけで心臓が壊れてしまいそうなくらいの焦燥が起こった。胸を、嵐が駆け抜ける。
 
けれど、毎度血が喉を伝う瞬間にその不安は打ち消される。これからも血に裏切られることはないだろう。なぜなら、牢に閉じ込められている彼女の心には、僕以外住むことなどできないのだから。
 
そっと首筋に唇を寄せて、その白い喉を噛んだ。ブツリと割ける皮膚の下から真紅の液体が流れ出る。静脈からもっともっと血が溢れるようにと、僕は深く牙を埋めた。
 
 
「……?」
 
 
僕を思う理知の血に酔いしれていると、暗い森の中に一瞬だけ光が差し込んだ気がした。偶に、本当にごく稀に絶望と悲しみ以外の感情が血に含まれていることがある。過去の残像のようにやってくるそれは、多分、暖かい日々の記憶なのだろう。
 
君が、まだ僕に笑いかけてくれていた頃。
 
 
「何を、思っているの…?」
 
 
規則正しい呼吸を繰り返しながら眠っている理知に尋ねてみるけれど、やっぱり返事は無かった。もっとも、起きていても強情な彼女は教えてはくれないだろうけれど。どこまでも思い通りにならない彼女に、嗜虐的な笑みが込み上げた。
 
 
(ーー僕の知らない君がいることなど許さない)
 
 
けれど、君の心に何が隠されているのかが怖くて言葉にすることはできないなんて、随分と滑稽なことだと思う。
 
昔からそうだ。君と僕が、悠と樹里の娘と息子として居場所を与えられた後も、僕は恐れて近づくことができなかった。己の中の獣に負けて君を汚してしまったら、君が僕を拒絶してしまったら、過去の過ちを繰り返してしまったらーー不安で不安で仕方なかったのだ。だから、愚かにも僕が遠巻きに見守っている間に、美しく成長していく姿に、悪夢のように君が、恋の煌めきを湛えた瞳に他の男を写すうようになっていくのに、気づくのが遅過ぎた。
 

何て愚かなのだろう。

 
自嘲じみた笑いを浮かべながら、それでも僕は、今宵も静かに眠る愛しい少女に口づけを落とした。


 

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