CLANdestine

□群青
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枢は私を見つめるとき、いつも、どこか冷めた目をしている。私を抱く時もいたぶる時もーー血を喰らうその瞬間でさえ、双眸は哀しい深紅色を呈する。

何故かはワカラナイ。

今宵も降ってくる悦楽に身を任せながら、ああ、あの男と同じ色だ、とぼんやり思った。

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「わぁっ、ねえ見てみて!空!空が真っ青だよっ!」

大きく開かれた車体の窓から身を目一杯乗り出し、わたし、玖蘭理知は真っ直ぐに夏の空を見つめた。広がるのは群青。窓の枠も、誰かの姿も、鬱蒼と茂る森も、いつもならわたしの四方を囲む屋敷の壁も無ければ、感覚を遮る物は何一つ存在しない。あるのは、車体の速度に流れる景色と茫漠たる碧天だけ。高く響いた歓喜の声は、突き抜けるような晴天に吸い込まれていった。全身で大気を感じる。どこまでも澄み渡る青に鳥肌が立った。

「見てっ!信じられないくらい青いの!遠いの!お空、とってもとっても、きれい!」

青いだの、綺麗だの、わたしはさっきから同じ台詞を繰り返し言ってははしゃいでいた。家を出てからずっとそんな調子のわたしを、両親は苦笑しながら見守っている。静かに座っている同い年の兄に比べ、なんて落ち着きが無いのだろうと自分でさえ思うほどだった。それでも視覚を鮮やかに彩る蒼空の感動を誰かと共有したくて、わたしは喜々とした声で何度も何度も心情を伝えた。

「そんなに乗り出しては危ないよ、理知」

心配する両親を他所に、わたしは今にも落ちそうなくらい車窓から身を乗り出している。本日何度目かも知れない注意に聞く耳を持たない娘に、悠お父さまは困ったように微笑んだ。隣に座るお母さまも同じように苦笑している。

ものすごい速さで風を切る列車に、わたしはまるで危機感が無かった。そんなことも気にならないくらい興奮していて、平時ならつい頷いてしまう父の言葉すら振り切って、もう一度窓枠に体重を預けた。髪がなえぐ。外気の眩しさと強い風に、わたしは目を細めて笑った。

「本当に青い。まるで海みたい」

昼間にまともな外出を殆どしたことのなかった者にとって、この爽快な空は瞠目すべき光景だった。無論、わたしは海を見たことも感じたこともなかったのだけれど、それでも、この青の全景を表現したくて、絵本の中でしか知らなかった海を例に揚げた。どこまでも広がる自由。きっと、海もこんな感じなのだろう。

「そうだね。今日の空は特に綺麗だと思うよ。透き通るような群青色ーー理知の瞳と同じだ」

ふふっと含み笑いしながら、悠お父さまは優しい瞳を細めた。その色は晩秋の夕闇と同じ、崇高な深紅色。お父さまもお母さまも、お兄さまも、妹の優姫も全員この色だった。家族の中で唯一、わたしだけがサファイアのような瞳をしている。小さい頃は自分だけが特別と思えて青い瞳が好きだったけれど、年を追う毎に、家族の中で何だか一人だけ異質な気がして、劣等感に苛まれるようになった。どうしてわたしだけ違うんだろう。優姫が生まれてからは拍車が掛かって、誰にも言わなかったけれど、密かにみんなと同じ色がいいなと思っていた。

そんな劣等感の対象でしかなかった瞳を最も信頼している父に褒められ、悪い気はしない。照れ隠しに「…こんなに青くない」と零すと、それでも綺麗だよ、と父が述べた。キザな台詞もお父さまが言うと様になる。

夏至の群青を碧眼に映しながら、わたしは小さく頬を染めた。


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