CLANdestine

□優しい記憶、残酷な真実
1ページ/4ページ

―――――――――
―――――
―――

「お父さまー」
「はるかお父さまぁー」

幼い少女の声が誰もいない廊下に反響する。身長の三分の一もあろうかというくらい大きな絵本を半ば引きずるようにして抱えながら、わたし、玖蘭理知は分厚い絨毯に覆われた廊下を彷徨っていた。目的は父を見つけること。よく見知った、あの優しい姿を探しながら、わたしは大好きなお父さまを呼んでいた。

窓の外は丹色に染まって三日月がやわらかく浮かんでいる。ちょうどヴァンパイアが活動を開始する時間。でも、まだこの世に生を受けて間もないわたしは一日の半分近くを眠って過ごすから、起床の時刻にはまだ少し、早い。宵から夜へ、太陽が完全に隠れてしまうまでわたしはお父さまがいつも一人で静かに読書をしていることを知っていた。こんな風に目が覚めてしまうと、いつも決まって、そんな父に本を読んでもらうのだった。

「おとうさまぁー」

気分屋の父は図書室であったりリビングであったりと読書をする場所を決めていない。だから毎回屋敷中を探すことになる。明るくも暗くもない薄暗い夕暮れのヴェールを被った屋敷を通ると、何故だろう、いつも寂しくなった。夕暮れの廊下は生き物の気配がまるでしない。それも幼い子供の想像を掻き立てる一因なのだと思う。でも、この感覚は果たして本当に想像に過ぎないのだろうか、安易に決めつける気にはなれなかった。わたしの周りにいる、普段は物陰に潜んでいる死者の霊がそっと、余程注意しなければ気付かないくらい、そっと這い出て、衣服を、髪を、掠めていく。生ぬるい、甘ったるい声で『おいで』と囁きながら。まるで世界にただ一人取り残されたようで怖かった。でも、黄昏の孤独は探していた悠に出会えた瞬間心地良い安心感へと姿を変えていく。お父さまとわたし、たった二人だけの王国の王さまとお妃さまになった気分だった。


次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ