CLANdestine

□夜明前
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重苦しい鉄の扉を開けて部屋に入ると、理知が見当たらなかった。瞬時に牢を見回したが、いつも部屋の隅で小さくなっているはずの彼女が居ない。リチガイナイ。たったそれだけで心が燃え上がり、心臓が焼き切れてしまいそうになるほどの不安と衝撃が走った。僕が訪ねるこの時間、理知は、必ずと言ってもよいほど扉から最も離れた対角線上の部屋の隅で小さくなっている。おそらく少しでも僕から逃げようとしているのだろう。だが力では決して僕に敵わない彼女は、いつも、恐怖に満ち溢れた瞳でベッドへと引きずられていく。可愛らしい抵抗しながら、それが逆に僕を激しく駆り立てることにも気付かない、可哀想な理知。毎夜毎夜、全身に罰を刻まれていくのだ。
 
前日にここを離れたときは何も変わった様子は無かった。この部屋を出た形跡は無い。鎖を切った形跡も。…大丈夫、理知は繋がれている。重く黒光りする鉄の鎖の伸びている方向に視線をやると、奥に配置されたベッドの方へ繋がっている。足早に近づくと案の定、彼女は小さな寝息を立てながら眠っていた。僕の与えた真っ白な寝巻に身を包みながら。
 
「……」
 
僕は、音を立てる事無く眠る彼女の隣に腰をおろした。――上質な絹で紡がれたネグリジェを纏う理知は、誰よりも美しく、まるで純潔な処女神のようだと思う。白粉はしていないはずなのに、肌は貝殻じみたつやを放っている。薄く滑らかな肌に在る唇が妙に艶めかしく、僅かに覘く舌は血のように真っ赤だ。
 
――欲シイ。
 
ごくり、と奥で喉が鳴った。昨夜あれだけ彼女を貪ったのに、理知が欲しくて欲しくてたまらない。彼女の髪を結う飾りが、少しだけ緩んでいた。美しく散った黒象牙の髪の間からスラリと伸びる真っ白な喉が、僕を誘う。
 
――コノ清ラカナ少女ノ全テヲ、奪ッテシマイタイ。
 
傷つけて、啼かせて、身も心もズタズタにして。外の空気を綺麗過ぎて生きてはいけないと感じるほど、汚してしまいたい。そうして僕に縋りつけばいい、誰よりも可愛がってあげる…独占欲が身体を駆け巡り、耐えきれずに思わずつと手を伸ばしそうになったとき、ぅん、と小さく喉を鳴らしながら彼女が身じろいた。はらりと滑り落ちた美しい髪に隠れていた胸元が露わになる。無意識に晒された白い肌が嫌に扇情的で僕を誘った。たった数刻前に行われた情事が脳裏に浮かび上がる。あぁ、そうだ。
 
――昨夜、この清らかな娘が涙を流しながら僕に乞うていたなんて、誰が思うだろう。
 
つい先日行われた淫乱なやり取りを思い出し、にやりと口端が弧を描く。あのとき彼女は泣いていた。泣いて、叫んで、嫌がって。…そして乞うていた。あの、理知がヴァンパイアを誘う瞳で、僕に。が。他の誰でもない、玖蘭枢に。

勿論僕がそんなことで行為を辞さないことは分かっているはずなのに君はいつも抵抗を止めない。邪魔も来ない。あぁ、昨夜の彼女は傑作だった…嫌がる理知を無理矢理抱くのはなぜ、これほどまでに僕を恍惚とさせるのだろう。
 
彼女の無造作に投げ出された脚の輪郭を確かめるように、つ、と撫でる。驚いたことに理知は小さく喘ぐような声を出した。指先が震えた。夢も現実も僕が支配している、まるで私は貴方のものですと言わんばかりな反応をする君に、何ともいえぬ、恐ろしい快感で胸が震えた。今夜は少し手加減をしてあげようか。湧き上がる悦楽と、これから行われるであろう行為の趣向に思いを馳せていると、意識を飛ばした君が、たった一言だけ囁いた。それは僕が、一番聞きたくなかった名前。途端に冷水を頭から被ったような錯覚に陥った。意識が明瞭になる。

「は…ーーるか」

いつだってそうだ。君は僕に少しだけを与えて、全てを奪い去っていく。紅を差したような唇から、昨日、あれだけ僕を刻み込まれたはずの君から、容赦なく言葉が紡がれる。

「…ごめ…なさ…」

「……」

さあ、もう十分だろう。
君は一体、誰のものだったか忘れちゃった?

「理知」
 
ならば思い出させてあげる。
 理知の華奢な身体揺すりながら、口元に笑みを貼り付けた。すると、ゆるゆると開いた群青色の瞳と目が合った。

「おはよう、理知。

ーー夢では、幸せだった?」

微笑みに含まれた甘い狂気に、とろんとした夢見心地の瞳が瞬く間に絶望に染まっていく。本当に、君は。何処までも僕の嗜虐心をそそる…そんな彼女が憎らしくて、愛おしくて、狂喜で笑みが深くなる。

「…、ぁ、…かなめ…っ」
 
――さあ、今夜も君に、残酷な報復を与えよう。


理知
Mon. April 16th, 2012

優しい記憶、残酷な真実

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