CLANdestine

□夜明前
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石渡の廊下は、不気味なほどに人がいなかった。

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未だ鳥一羽飛ばぬ時間、僕は課されている義務に少しだけ型をつけ、石畳の渡り廊下を下っていた。玄武の石柱に大きく開かれた窓から早朝の中庭が覘く。立春はとうに過ぎて、暦の上ではもう春だというに、長い冬の間に降り積もった雪は解けきっていない。薄寒い情景。それでも、太陽は欠片ほども姿を見せていないが、世界は雪鏡の光だけではない明るさを伴って、その存在を主張していた。

僕はいつも早朝にこの廊下を通る。君の居る場所へ行くにはこれ以外に道が存在しないから。そして定刻に足を運ぶのは、純血であり、玖蘭の当主である玖蘭枢に許されているのは、このごく僅かな時間だけから。自由のひと時。それなのに違うことも飽きる事もなく、僕は誰よりも何よりも僕を縛っている君の元へ通う。したがって庭はいつも薄暗いし、鳥の囀りを聞くこともない。変わり映えのしない風景。それでも、粗黒い玄武石を踏みしめるときはいつも、なにか非現実的なものに乗って、時間や距離や想いも消え、まるで幽明境を異にするかの如く、虚しく身体を運ばれていくような放心状態に堕ちていく。

長くはない、でも決して短くは無い母屋と別塔を結ぶ廊下を渡り終えると望楼櫓に至った。僕はこの城の中心近くに聳える塔に登ることはない。階段を上る代わりに、中央から少しずれた、よく注意していなければ気付かない程度に存在感の無い地下階段を下りていく。余程古いのだろう、長い年月を経て黒ずんでしまった通路の入口は朝日に晒されて、壁に様々な襞の影が刻まれている。だが幾らか進んでいくと、早朝の薄光はその地中の闇へ吸い取られてしまったかのように消えていった。

冷たく、湿った闇。それは現実との別れの色。

僕にとって。
そして、君にとっても。


Sun, April 15, 12'

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