朽ち果てるまで Book
□心の鍵
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ルーベンス邸庭園は沢山の花が咲いていて、やっぱり綺麗だった。
「とても綺麗ですね」
「ありがとうございます」
二人でゆっくりと歩きながらのどかに会話する。あれ、何となく良い雰囲気になってる...マズイ。うーん、あまり期待させるような言葉は言いたくないし、なるべくこの人を傷つけたくない。さてどうしたものか、首を捻らせて考えていると紫色のミニチューリップのような花が視界に入ってきた。あ、クロッカス。丁度いい。
「本当に...綺麗です」
公爵、ごめんなさい。
「クロッカスが」
私のその一言でさっきまで何となくヘラヘラしてた公爵が固まった。そのことを視界の隅で確認する。やっぱりちょっと心が痛むな...でも、あと少し。
「ルーベンス公爵。
先日いただいたお話ですが、」
ルーベンス公爵の肩がびくりと震えた。顔も強張っているのも分かる。予想以上の反応に思わず戸惑った。でも用意した台詞を言わないわけにいかない、濁す方がきっと彼に失礼。なんとかダメージを最小限に留めようと私は慎重に言葉を選ぶ。
「きっと私より素敵な方が、「後悔なんてしてませんし、これからもしません。」...はい?」
「『愛したことを後悔する』、ですよね。紫のクロッカスの花言葉」
「...よく、ご存知ですね」
勿論、知っていると思って振ったのだけれど。
やっぱりルーベンス公爵は優秀だ。でもそれだから尚更傍には置けない。色々気付かれたら困る。というか、そもそもタイプじゃないし。子供っぽいというか...恋をするならもうちょっと大人っぽい人がいい、と思う。
...まあ、もう少し私が大人だったら、好きになれたのかな...
でも。
「私はまだ13です。ほとんどの方から見れば、まだ子供です。結婚なんて私には早過ぎますし、そもそも公爵の隣に立つ資格なんてございません。名家のルーベンス公爵の花嫁に...小娘が、と笑われてしまいますよ。
...あの、分かって頂けたのなら手を離して頂けますか」
ついに我慢できなくなり、ずっと手を握ったままだった公爵に言った。手袋越しに彼の熱い脈が伝わってくる。トクトクと巡る血の音。その音に自分の鼓動も同調してしまいそうで。
心地が悪くて、私は身じろいた。
「嫌です」
「私は、貴女がいいんです」
「年齢が気になるなら、いくらでも待ちます。それこそ何年でも...ミス・ファントムハイウ゛はこれからどんどん綺麗になるのでしょうね...
私は待ちます。貴女はそれだけの価値のある方ですから。
それでも、駄目ですか」
あまりに真剣な眼差しに、気まずくなって身じろいた。目が逸らせなくなる。
「駄目じゃ、ないですけど、
でも、」
「なら、何故?
...私が、お嫌いですか?」
「そうじゃないんです。ただ、私はまだ結婚できないんです」
そう言うと、公爵は少し不思議な顔をした。
「『結婚、できない』って...どういうことですか?」
「...約束があるんです」
「あ...そういう...他にお慕いなさっている方が「違います」え?」
「好きな人なんて、いません。ただ、弟が幸せになるまで、見守っていたいんです」
「弟さん...この間お会いしたシエル君ですか」
「はい」
「失礼ですが...なぜそこまでする必要があるのですか?」
「いけませんか」
「い、いえ。私の言い方が悪かったです、失礼しました。そうではなくて、こう言っては何ですけど、彼は十分幸せそうに見えますが」
ごもっともな反応に思わず苦笑する。まあ傍から見ればそうよね...でも。
「そうですよね...私が絶対に必要と、自惚れているわけではないんです。ただ、自分のためにもシエルはまだ幼いから傍に居たいんです。せめてもう少し大人になるまで」
私は真っ直ぐルーベンス公爵を見つめた。言った言葉に嘘は無い。あとは公爵が何と返してくるか...これできっと諦めてくれる。弟コンだと思われるかな、仕方ないか。でも、返ってきた台詞は予想外だった。
「わかりました」
「では、待ちます」
「へ?あの、さっきのお話は」
「シエル君が幸せになるまで、つまり、彼が大人になって、結婚するまで、というお話ですよね」
「そうです。あの、分かっていただけたなら」
「分かったからこそ申し上げているのです。それまで、待ちます」
「でも、」
「待ちます。言ったじゃないですか、『絶対に後悔しない』と」
あまりにも真剣な眼差しに言葉が続かなくなる。なんでこの人はこんなに言うのだろう。私は皇族でもないし、絶世の美女というわけでもないし、正直自分にそこまでの価値があるとは思えない。それでも何故この人はそこまで真っ直ぐにいうのだろう。
「...何故ですか」
「惚れた弱みです。貴女が好きだから、ミス・リチ・イゾルデ・ファントムハイウ゛。『理性ではどうすることのできない心の動き』
人の業、ってやつです」
「...何年もかかるかもしれませんよ」
「構いません。待ちます。十年でも、二十年でも」
「私、おばさんになってるかもしれません」
「そのときは私もおじさんですよ」
「私に他に好きな人ができたらどうなさるんですか」
「安心してください。そうならないように全力を尽くしますから」
二人で顔を見合わせてプッと笑った。あれ、何やってるんだろ...私、彼のこと振る予定で来たんじゃなかったっけ、そう思ったけど時既に遅し。なにちゃっかり婚約してるの...いや、婚約って程でもないか...うーん、何だかよくわからない状況になってしまってぐるぐる考えていると、ルーベンス公爵はふと呟いた。