朽ち果てるまで Book

□陽光
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風に花が揺れている。

私、リチ・イゾルデ・ファントムハイウ゛はお屋敷の庭に立っていた。普段のこの地域特有の、どんよりとした春のムアーの霧が、今日は珍しく晴れていて、散歩には丁度よかった。うららかな春の陽光をぼんやりと感じながらああ久しぶりに外を歩いて疲れた、ふぅと小さな息を漏らしてやわらかな光のあたるベンチにゆっくりと腰をおろす。


「リチ様、こちらにいらっしゃったのですか。本日はルーベンス公爵がいらっしゃっるご予定です。早くご用意なさらないと」

「今行くわ、マディソン」


旧くからの階級制度が崩れかけた現代。チープで粗悪な文化ばかりが跋扈している今。何も知らなくてよかった時代は過ぎて、この難しい現代に、私は長女としてファントムハイウ゛家という旧くて決して小さくはない船の舵取を任されつつあった。

役目はそれほど苦ではないけれど、時々、重くなる。だが目まぐるしく変化する現代の中でも、十年、少しも変わらぬ箱庭の景色を見ると、少しだけ心の荷物を下ろすことができた。

「お嬢様、」

「すぐに行くわ」

中々動かない私がじれったくてマディソンは再度私をせかした。もう少しだけ、まだ風を感じていたいの、と言うと彼は渋々了承しつつも「...あまり外に居られると風邪をお召しになられますよ」と呟きながら去った。昔からそうだ。マディソン・クライスラー。生まれた時から私の専用執事である彼は過保護で、いつも一言多い。


今年13になる私は実の家に住んでいる。けっして長くも短くもないこの年月が過ぎ、それが許された半年ほど前に社交界デビューを果した。マイルス・アンソニー・ルーベンス公爵とはその時知り合った方の一人だ。最近、数多の男性が、特にルーベンス公爵は何故かよく我が家に遊びに来る。まわりの人たちは彼らが私のことを気に入ってくれているからだと言っているが、私はよくわからない。

その中でも五つ上の公爵は週最低一度は顔を合わせている気がする。会う度に優しい言葉を囁いてくれる彼に悪い気はしないけれど、そこで恋だの愛だのと騒がれてもやっぱり私にはまだ理解できないようだ。

それでもファントムハイウ゛家の基盤が揺るぎつつある今、有力貴族やジェントリーたちを無下にすることは出来ない。社交とは、そういうものだ。

でも今はただお屋敷で過ごす騒がしくも穏やかな日々に満足している。勉強やお作法を覚えるのは大変だけれど、毎日それなりに充実していて、それが人の言う幸せなのではないか思う。マディソンと他の使用人がいて、お父様とお母様、そして−−

「ねぇさまー!リチ姉さまー!」

そして彼。弟の、シエル・ファントムハイウ゛は今年6歳になる。溌剌とした声で私を呼び、満面の笑みでこちらに駆けて来る。かわいらしいその様子に自然と笑みがこぼれた。


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