朽ち果てるまで Book

□策士にして警句の名手
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父様に呼び出されたのは、五月も終盤に差し掛かった、ある雨上がりの夕暮れだった。

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重苦しいマホガニーの扉を叩く私に、入れ、と命じる深い声が聞こえた。




「失礼します、父様。、リチ・イゾルデです」


「やあ。待っていたよ、、リチ」




父様はこの前と変わらずにマホガニー制の机の向こうに座っていた。表情は机と同じくらい重厚で、暗かった。その姿はなるほど、魑魅魍魎が跋扈する裏社会の番犬、ヴィンセント・ファントムハイヴとして相応しいと、娘の私ですら感じずにはいられなかった。




「ごきげんよう、お父様。…本日は父様のお話を伺うために参りました」




小さく礼をして、一応、今何故この書斎を訪れたのかを宣言しておく。同時に父を伺い見る。目の前の闇の紳士が本当に私の見知った父なのか確かめたかった。だって、それほどまでに父様は、凍りつきそうな眼光を宿していたから。すると、父様は少しだけ表情を緩めて、私から目線を外した。




「ああ、呼びつけたのは私だからね。でも君がここに来る途中突然仕事が入ってしまって。待たせてしまって悪いのだけれど…少し長くなりそうだからそこに掛けなさい。ああ、お茶でも用意させようか?」




そう言って父様は向こうの安楽椅子を差す。あ、そういえば昔、父様たちに内緒でシエルとあのソファーで遊んだっけ。あの日は雨で、大人たちも留守で、珍しく書斎の鍵が掛かってなかった。使用人の目を掻い潜ってこの部屋に侵入するのはとんでもない冒険だったな……懐かしい思い出が浮かんだが、過去の悪戯が表情に出てしまわないように、私は神妙な表情を貼り付けた。




「いいえ。お構いなく」


「では本でも大人しく読んでいてくれたまえ。これなどお勧めするよ。最近流行している小説だ」


「ありがとうございます」




何故父の書斎に彼の趣味では無い小説本があるのだろうか。疑問に思いながらも、私は差し出された本を受け取った。



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