Fleur D'Anemone Book
□君を信じて待ったよ
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なぜ、優姫なの?
どうして、私では駄目なの?
……私だと原作どおりにならないから。優姫が生まれたことを機に少しずつ枢が疎遠になっていった。その度に、妹だから、とか原作があるから、とか自分に言い聞かせていた。今まで、今日まで、そう言って自分を騙して、納得させて。でも。
違う。
わかってる。
本当はそんな問題じゃない、って。
私が原作に存在していたとしても、選ばれない。
私は、優姫のようにはなれないから。
ただ、純粋に枢を想って、
どんなに罪を背負い、汚れにまみれようとも、
ずっと消えることのない、
彼の心にとって、唯一の光になって。
――永い永いときを、僕と生きて
醜い私とは違う。
枢はきっと、いつまでも純粋で、優姫のように汚れない人に恋をしたのね。
でも、どうして、想わずにはいられない。
「……枢」
「……っ」
ダメ、こんな所で泣くわけにはいかない。だって、私は純血種。
ヴァンパイアの頂点に君臨する、夜の支配者なのだから。
「理知さ〜ん♪」
グッと唇を噛んで上を向き、こみ上げてくる涙をこらえようとしたとき、突然自分を呼ぶ能天気な声がした。
「……拓麻」
反応した私を見て、拓麻が嬉しそうに近づいて来る。そのことで少し冷静になって、此処がヴァンパイアの巣であることを思い出す。
「どうしたの?」
微笑みを付け、出来るだけ平静を装って、拓麻に尋ねる。何とか上手く笑顔を作れたかな…なんて考えていた私に拓麻はにこりと笑って、
「会場に見当たらなかったから探しちゃった。久しぶり♪元気?」
「元気だよ」
「それは良かった」
拓磨は私の作り物の笑顔に応えるように、同じようににこりと笑った。私とは違って、何て純粋そうな笑顔。というか、純粋過ぎてもはや胡散臭い。何となく間が悪くなった私はついつい返答してしまった。
「そっちは?」
「うん、元気だよ」
再び拓磨の鉄壁ニコニコガード。いつものことだけれど、今の私にここまで完璧な笑顔を見せつけられると、本当に気まずい。沈黙に耐えかねて、私は言葉をつないだ。
「一翁は相変わらず?」
「ははっ、お祖父様も元気だよ。それより優姫ちゃんと枢見た?さすがだよね、あの二人。婚約だってね。本当にお似合いだ」
「そうね。さっき見たわ」
拓磨から視線を逸らし、なるべく何の感情のこもっていない声で答える。…やっぱりその張り付けた笑顔の向こうにはあるんだ、思惑が。でもそんな脅しには屈してあげない。だが、その次に発せられた言葉で被った仮面は脆くも崩れ始めた。
「あれ?祝福しに行った?」
何の悪気も無さそうな、幼い笑顔で笑う。
「…言ったわよ」
「……おかしいなあ、理知さん、さっきすぐにこのバルコニーに出て行くの見た気がしたんだけど」
「気のせいかな?」
「……、ちゃんと家で言ったから、いいの」
ふうん、そういうもの?と言い、拓麻は少しおどけてみせた。
……この男は。
昔っからそうだった。
常に笑顔のくせに、
時々、「何もかも」を見透かしたような瞳で私を見る。
そして私の、一番聞きたくない言葉を、無知を装い悪びれもせず、言う。
そんな拓麻の眼差しにあてられていると、なんだか自分がとても哀れになって、
何も考えたくなくなって。
妙に吹っ切れた気がした。
……もういい。どうせ私は枢に捨てられたんだから。
枢と優姫の婚約によって、玖蘭家の当主は枢に決定。
すると枢はヴァンパイアを束ねるために働かなければならない。
……それなら私は玖蘭家のビジネスを支えよう。
うん、そうしよう。
バリバリのキャリアウーマンになって、全部忘れるまで働いてやる。
そうだ、せっかくの夜会なんだし、バンバン貴族ヴァンパイア達に声をかけよう。うん。そうしよう。
そう決意し、勢いよく立ち上がった私の腕を、拓麻がいきなりパシっと掴んだ。
……ああ、もうっ。
「何?」
苛立った様子で拓麻を睨むと、彼は少したじろいてから力なく笑顔をつくって答えた。
「いや、あの、どこに行くのかと思って」
「他のヴァンパイア達のところよ。せっかくの夜会なんだから、こんなチャンス他に無いでしょ?」
「チャンスって、何の?」
「コネをつくるの。ビジネスのね」
「……」
「それに上手くいけば、いい人に巡りあえるかも」
「……理知さん、ひょっとしてヤケになってる?」
さっきまで私を苛めて楽しそうにしていた拓麻。だが今は心配そうに私の様子を伺っている。そんな彼がおかしくて、自然と自嘲じみた笑いがこぼれた。
「はっ。手、放して」
拓麻が、やっぱり……という感じで視線を逸らす。やめて。哀れまれたくない。これ以上拓麻にそんな目で見られることを、私のプライドが許さなかった。掴んだ手を振り払い、一度も拓麻の方を見ることなく、毅然と会場の方へ歩き出す。
「じゃあ、僕は?」
「……は?」
思わず足が止まり素っ頓狂な声が出た。
何を言っているのだ、この男。いや、これはきっと新手のいじめ。うん、そうに違いない。そう結論付けて勢いよく振り返り、彼を睨む。だが、そんな私を、かわいい、とにっこり笑って拓麻が続けた。
「僕だって一応、一条グループの跡取りにして御曹司だよ?」
……考えたこと無かった。
だって枢しか頭になかったし。
「ね?」
無邪気に笑う拓麻。
う゛っ……ちょっとかっこいいかも。
それに、確かに拓麻ならいいかも。
優しいし、格好いいし、御曹司だし。
子供の頃から、知ってるし。
……いつも私の本当の気持ちを見透かしている彼なら。
なんてぐるぐる考えていると、拓麻はこれでもかというほど眩しい笑顔を振りまき、私に手を差し出した。
「今宵のお相手、お願いできますか、お姫様?」
不覚にもときめいてしまった。拓麻が金髪の王子様に見える。そしてスッと差し出された彼の手が、枢の手と重なる。
枢のその手の先の居場所は、私じゃなかった。
彼が愛おしく触れるのは、優しいお姫様だけ。
ほしくてもほしくても、どんなに恋焦がれても、私のものにはならない。
夜の世界の、闇の王の隣。
じゃあ拓麻なら?
この手は紛れもない、私を。
望んでいる。
「……はい」
辛くて悲しくて、
ただただ、枢を忘れたくて。
拓麻の優しい手を拒む事なんて、できなかった。
利用するなんてずるいってわかっていたけれど、
彼の手が、おいでおいでと私を呼んでいる。
私の本音