敵同心。

□6. 無限定で曖昧な様態
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「――っ、――ちゃん」

ゆらゆらとたゆたう意識の中、白く浮かぶ小舟に乗って福音の音がうっとりと流れて来た。誰かの声。強めの口調。暈された五感から、はっきりとは言えないけれど、場所は、――多分、頭上から。


(あぁそっか、この人は誰かを呼んでいるんだ――)


流布する情報を拾い上げるうちに私は漫然と結論づけた。同時に頗る満足する。もういいや。ところが、今一度無意識という脳の中の海に沈んでいこうとすると、その声はさっきよりも強い存在感を伴って脳内に喰い込んできた。


「――ちゃん、理知ちゃん!」


「…んん」


低い唸り声が出る。心地良いまどろみを登攀する気の無かった自分。意識を無理やり引きずり出されて、私は非常に不愉快だった。うるさい。耐え兼ねて再び布団に潜り込んだ。もっかい寝てやる。


「あっ、こら!理知ちゃん起きて!遅刻するよ!」


「…ん。――あっ…?郡司先輩?」


自分の名前と「遅刻」というキーワードに反応して、私は薄く目を開けた。そこには日の寮の四階の階長が居た。手を腰に当てて、えっと、何だっけ、そう、俗に言う「仁王立ち」をしていた。


「…おはようございます」


「あぁもうやっと起きた!理知ちゃんが起きる前に何回も声かけているのよ!何度読んでも反応が無いからついに部屋にあがらせてもらったけれど。やっぱり起きてなかったのね」


「…えと、すみません」


朝から憤怒している階長の剣幕に戦いた私はとりあえず「謝る」という選択をした。でも、眠いものは眠い。くぅふわぁ、情けない欠伸を噛み殺すと、「…全然反省してないわね」と呆れた階長が漏らした。


「まったくもう。貴女のクラス担任から『錐生さんは遅刻も居眠りも多い』って、私注意されたのよ!せっかく勉強は出来るのに勿体無いって。あ、ちょっと聞いてる?!」


うっかり意識を飛ばしていた私に怒号が飛んだ。あ、しまった。寝てた。もう一度すみませんと謝罪し、このままだと間違いなく二度寝するので、私はのろのろとベッドから這いあがって洗面所を目指した。蛇口を捻って溢れ出た冷水で顔を濯ぐ。少しだけ意識が明瞭になる。階長は「まったく何でこんなに寝起きが悪いのかしら」とぼやきながら出て行った。

寝起きが悪いのはいつものことだけれど確かに今朝のは酷い。油断すれば瞬く間に消失してしまうであろう意識で、あの男のせいだと罵った。玖蘭枢。私の武器、アティーナを拾って、返してくれなかった。挙句の果、「返してほしかったら明日もまた来て」とか、純血種は全く訳がわからない。

一体どういうつもりなのだろうか。殺されるのだろうか、それとも丁度良い玩具を見つけて遊んでいるつもりなだろうか。嫌がらせ?…だとすれば成功だ。現に私は一晩中眠れなくて、今朝、階長に起こされるというザマなのだから。


彼は一体何がしたいのだろう。


一晩中繰り返されていた禅問答はやはり朝になっても解決することはなかった。


Thursday, May 31st, 2012
理知

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