敵同心。
□4. 若き狩人の忘れもの
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「…もっとほしいなぁ。…首からいただいてもいい?」
視線の先には黒主優姫と、夜間部の…多分、藍堂英。藍堂は優姫を背後から押さえつけており、今にも噛みつかんばかりの勢いだ。というか、黒主優姫は既に手をやられている。
(…何で私が、よりにもよってこんな場面に遭遇しなきゃいけないのよ)
忘れ物をした自分自身が悪いのだけれどそれは一旦棚に上げる。とりあえず問題はこの状況。ヴァンパイアが人間の女の子を襲っている。
さてどうすべきか。
ハンターである自分は人間を助けるべきだけれど、正体がばれることは正直避けたい。かといって、このまま黒主優姫を見殺し、というか放置しておくのは気がひける。ところが、そうこう悩んでいるうちに、よく知った声が聞こえた。
「学内での吸血行為は一切禁じられている。血の香りに酔って正気を失ったか、吸血鬼」
(――零)
よくやった。先程まで必死で思案していた事件収束への糸口を、他力本願で受動的にしろ、何とか掴み、安堵した。よし、あとはこのまま全員が去るまで木陰で気配を殺して隠れていればいい。だがほっとしたのも束の間だった。
「その血薔薇の銃…納めてくれないかな。僕らにとってそれは脅威だからね」
(玖蘭枢っ!)
まさかと思った。まさか夜間部のクラス長自ら、わざわざこんな現場に出向くとは思っていなかった。
最悪、だ。貴族階級のヴァンパイア相手ならともかく、純血種相手に小手先の術は効かない。十中八九、ハンターの私がここにいることはばれているだろう。どうしよう。だが必死に頭を回転させて打開策を探っても何も浮かばなかったし、落ち込んでも、とりあえず彼らかこの現場から離れてくれるのを待つしかなかった。しかたがなく成り行きを見守っていると藍堂英とその相方が校舎の方へ連れて行かれた。零と黒主優姫も続けて去った。残ったのは、隠れている私と、そんな私の存在に気付いている玖蘭枢だけ。ああどうか何も突っ込まずに帰って下さい。祈るような気持ちで私は木の後ろに身を顰めた。が。
「そこの、小さな狩人さん?隠れていないで出てきてくれないかな」
私の願いは虚しく音を立てて崩れていった。やはりバレていたようだ。どうしよう。木陰で頭を抱える。すると玖蘭枢は、私にさらなる追い打ちをかけた。
「出て来ないなら僕から行くけれど」
これはもう出て行くしかなさそうだ。
ゆっくりと、重い腰を上げながら私はそろりそろりと木陰から這い出た。自分のタイミングの悪さを呪うが、こうなってしまっては仕方がない。時間をかけて立ち上がり、ぱん、ぱん、と、スカートに張り付いた草を払う。ついでに崩れた襟元とカフスの位置を調節した。たっぷりと時間を掛けて服装を正す。息を吸い込み格好を整えたのは、ありったけの、全身全霊をもって立ち向かわなければ、覇王の気迫に飲まれてしまいそうな気がしたからだ。
ーー狩人の自分が獲物に喰われるなど許さない。
覚悟とプライドと、渾身の気迫を込めて、私は、きっ、と純血種・玖蘭枢へ向き直った。美しき夜の獣。ずっと、遠まきに眺めているだけだった存在。今までも、これからも一生、近付くことなんて無いと思った。それが今ーー偶然か必然か、どういう訳か、玖蘭枢が目の前に、居る。ハンターの最強の敵で、同時に最高の獲物でもある純血種が。喰われるのはどちらか、狩人の内なる本能が激しく警鐘を鳴らした。
(ヴァンパイアに近づいてはいけない――)
風が止んだ。闇が溢れた。どこか遠くで、ミネルバの梟が、ホー、と鳴いた。
Thursday, May 24th, 2012
理知