敵同心。

□3. 奸策のアティーナ
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3. 奸策のアティーナ


「また来たのか」
 
紅い夕日を背にそう言った従兄弟は呆れ顔だった。相変わらず無愛想だ。ならばこっちも、と雪国の夜のようにつめたい口調で返答した。
 
「仕事よ。協会は貴方では信用できないと踏んだのね」
 
鋭く返すと零は気まずそうに目線を逸らした。隠しておきたい秘密が私に知られていることを、零は知っている。私の、協会から言い渡されている「黒主学園のヴァンパイアの監視」という任務に零自身の警衛役も含まれていることも、彼は気付いているのだろう。

少しばかり言い過ぎてしまっただろうか。でも一度放たれた言葉を回収することは出来ないから、私は謝罪の意も兼ねて切り出すことにした。
 
「丁度よかったわ。この前メインテナンスに出していたアティーナが返ってきたの。試し切り付き合って」
 
言い終わるや否や私は躊躇なく槍状の短剣を取り出した。刃先がキラリと光る。一発で仕留めようと全体重をかけて零を狙ったが、間一髪、ブラッディローズの鎖がアティーナの刃を阻んだ。火花が散る。寸時、互いに押し合ったが、一瞬の隙を突いて私は後ろに跳びずさった。柄を握る拳にぐっと力が入る。零が鈍色のトリガーに指を掛けたのが見えたが、そんなことはさせない。銃口の狙いの定まる前に私は彼の死角に入った。薄紫の瞳が苛立ちに歪む。

間合いを詰め、跳躍。もう一度正面から切りつける――と見せかけ、今度は横から、短剣の刃ではなく柄で殴りかかった。槍の特徴も持つアティーナの柄は自在に伸縮することができるのだ。
 
「ぐへっ」
 
柄が容赦なく脇腹を直撃すると同時にくぐもった声が聞こえる。
 
「私の勝ちね。零、貴方甘いのよ。いつも言ってるけれど詰が甘いわ。今回は横がガラ空き。一撃目を上手くかわせたからといって油断しては駄目。死ぬわよ」
 
「…」

無言。
 
「返事は?」
 
「…あっそ」
 
「何が『あっそ』よ。仮にも先輩に向かって…ほんっとに可愛くないわね」

いっそ清々しいほどの愛想の無さに呆れながら聞こえよがしに何度も「可愛くない」と繰り返す私に、零は、別に可愛くなりたいなんて思ってない、とぼやいた。眉間に皺が寄る。まあ、確かに幼い頃から無愛想な零が急にしおらしい反応をしても、可愛いどころか鳥肌モノだけれど。うっかり想像してしまい身震いしていた私に零は小さく言った。
 
「…んっとにお前の武器は名前の通り狡猾だな。持ち主そっくり」
 
「戦略的と言ってちょうだい。それに持ち主そっくりって何?」
 
私がそう言うと、零は返事の代わりに眉を顰めた。何か言いたげだったけれど、それを飲み込んだ様子で代わりに別の言葉を呟いた。
 
「…また夜間部を見に来たのか」
 
「そうよ」
 
短く答えた私に、零は呆れた様子だった。それから、じっと、訝しげに目を細えて私を見つめた。何となく居心地が悪くなり、校舎の方へと視線を移す。既に太陽はほとんど沈んでいた。私がそれ以上何も語るつもりが無かったのを悟ったのか、零は「…あんまり遅くまでいると風邪引くぞ」と言い残して去って行った。
 
「…」
 
一人になり、再び門の方へと向き直った。ちょうど夜間部が校舎へ入っていくところだった。一人、また一人と白い制服の列が扉の向こうへ進んで行く。玖蘭枢も同じように学び舎への扉をくぐった。
 
美しい長身が建物に吸い込まれたのを見届けて、私は日の寮へと踵を返した。


Tues. May 22nd, 2012
理知

 

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