Short

□My Little Sister
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"My Little Sister" --Side Kaname



やわらかい陽光に包まれて、純白な君は静かに眠る。



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就寝からしばしの時が経ち、濃紺の空が薄紅色に染まり始めた頃。やさしい光が少しずつ朝を暖めるあの時間。僕は、真っ白な服に身を包んで眠る天使を眺めていた。



「……」



僕の傍らにある小さな膨らみが上下する。天使とは君のこと。そして、純白の寝巻きを当てがったのは僕だ。


白いネグリジェは、いい加減子どもっぽいからイヤだと君は駄々をこねたけれど、可愛いからと宥めたら渋々着てくれた。時折、僕の気配に気づかず、部屋でうんうん唸りながら鏡と睨めっこしている妹。大人に強く憧れる年頃になったらしい。いかにもなデザインのパジャマにしばらくの間不貞腐れていたけれど、僕にとって、彼女のそんな反応ですら愛しいのだから安上がりだと思う。



世界で一番あたたかくて。


世界で一番愛おしくて。



君さえ笑ってくれるなら、たとえ世界を敵に回しても一瞬たりとも足りとも後悔しないくらい、世界で最も大切な存在。眠りを妨げないように靜かに眺めていると、寝息に煽られたリボンがひらひらと揺れた。


誰も、こんな妹の無防備な姿を知らないのだ。兄にだけに見せる、彼女の幼い一面をもっと見ていたくて、僕は妹の寝顔を眺めて時間を潰すことが少なくなかった。彼女は僕に赦されている数少ない優しい場所だから。理知も。同じ血をひく妹も、兄以外に弱みを見せるは赦されない。


大体、潰すといいながら我々にとって時間などあって無きが如しなのだ。僕たちは純血種なのだから。そして、玖蘭の家名を継ぐ者は我々しか残っていない。


ふと目をやると、顔に掛かった一房の髪が規則正しく揺れていた。取ってあげようかと思ったけれど、ふわりふわりと舞うその様子ですら可愛いらしくて、勿体なくて、代わりに、僅かに持ち上げた右手で君の髪を抄いた。


僕と同じ、少しくせのある焦げ茶の髪。血族の証。見事に散らした深茶髪を拾い上げて絡めると、まるで上質な絹のようにそれは音も無く指の間をすり抜ける。



ーーきっと君は知らないのだろう。



どれほど僕が君に救われているのか。どれだけ僕が、君を大切に思っているのか。愛しているのか。



…そして、どんな眼差しで兄が見ているのか、君は見当もつかないのだろう。



すると、浮き上がった髪が鼻に掛かり、眉を潜めた君から、むずむず、くしゅん、と、小さなくしゃみが響いた。起きてしまったらしい。細っそりと覗いた空色と視線を合わせ、そっと微笑む。



「おはよう、理知」



乱れた髪と、焦点の定まりきらない瞳。妹はまだ夢から覚醒しきっていないようだ。寝ぼけた声でたどたどしく言葉を紡ぐ。



「もう、あさ?」



覚醒しきっていない様子が酷くおかしくて、意図せずに微笑みが浮かんだ。



「まだ眠ってていいよ。起こしてしまってごめんね」


「ぅ……ん、おはよう、おにいさま」



今にも閉じてしまいそうな瞳を懸命に開いて、意識を保とうとする妹に思わず笑顔が込み上げた。いつだってそうだ。理知は僕に合わせようと行動する。何の力も持たない末妹。…もう一人の妹に比べて、あまりにも儚くて消えてしまいそうな存在なのに、理知は、精一杯、頑張ってしまうのだ。



「ん……」



頷きながら彼女が再び瞳を閉じたのを確認して、頭にそっと口づけを落とす。


ーーふと、思った。


ここ数年。

僕たちが黒主学園に来てから、妹は、はっとするほど綺麗になったと感じる瞬間がある。一番身近にいる僕が驚くくらい、突貫工事で巣立ちの準備をする若鳥みたいに彼女は成長している。


大人になったら、僕らは永い歳月を共に歩む自分だけのつがいを選ばなくてはならない。兄妹がいつまでも一緒にいられないのは、ヴァンパイアも同じなのだから。


理知が、己の全てを捧げる相手を選ぶのはきっと、そう遠くはないことなのだろう。未来は必ず来る。今、この瞬間にでも、世界のどこかに、彼女を連れ去っていく悪魔が息し存在する。理知の全てを手に入れる男。…そして君が、僕を兄としてしか見ていないことも、知っている。



「おにいさま…?」



脳裏を掠めた恐ろしい考えに異変を感じたのか、空色の瞳が不安気に曇った。さっと、暗い予感を微笑みで誤魔化す。彼女を不安にさせるものは許さない。たとえそれが、自分自身だったとしても、だ。



「大丈夫だよ……」



知らなくていい。


せめて、避けられない瞬間が来るまで、僕の一番そばで笑っていてくれるのなら、無知のままでいい。このままで、いい。


腕の中のぬくもりは、いつかは、僕ではない誰かに向けられてしまうものだ。期間限定の絆。それで構わないのだ。僕は君を守る。「唯一人」を、君が、僕と、永遠の別れをその手で選び取る最後の一瞬まで、僕自身の命にかえても、君を傷つけるすべてのものから、必ず、守ってみせるから。



ーーせめてこの一瞬だけでも。



僅かなぬくもりを求めて擦り寄る妹を、少しでも長く、繋ぎ止めておきたいと思った。




『My Little Sister』 Side Kaname
Thursday, February 14th, 2013
理知


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