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□時と願いの法則性
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「時間とは現象の変化の過程を表現するために導入された、主観的な変量に過ぎない」

退屈な老人の話を流しながら、小さな欠伸を噛み殺す。ああ眠い、早く寮に帰りたい。今夜のナイト・クラスの講師を務めているのは応用物理学の権威だそうだが、僕には生憎興味が無かった。時間という、茫漠たる現象を説明しようとする講師を眺めながら思わず溜息をつく。外は完全に夜の闇に染まっていた。

数万もの歳月を生きてきた僕が、生まれ落ちてたった数百年程度しか生きていない者に時間の講義を受けるとは、何て滑稽なのだろう。それでも僕が望むものを手に入れるのにこの学園は欠かせない。だから僕にとって意味を為さないこの講義も、有意義な時間といえる。

せめてもの退屈凌ぎにと窓の外を探す。あぁ、あれだ。隣の校舎の屋上に優姫が立っていた。風見鶏のように動き回る彼女は遠目からでもとてもわかり易い。…それと、錐生零。

僕は零が羨ましい。だって彼の側には優姫がいる。居るだけじゃない、笑って、話して、自由に触れて…そして何より、愛しい人を自らの手で守ることができる状況。それがどんなに幸せなことか、あの男はまるで分かっていない。

僕は大切な女を守ることが出来ない。最凶の化物のはずである僕は鎖を掛けられている。それも、皮肉にも、彼女の父親によって。

そしてひなに触れることも、共に笑うことも、自由に話すことすら叶わない。想いを寄せる対象が痛がってしまうから。彼女のそれは、身体を流れる紅に対する自責の念で、悪魔と呼ぶに相応しい李土の呪縛だ。理知は何も悪くないのに。愛する君を自身の手で傷つけてしまうことを、僕は望んでいない。

李土。
全ての根源であるあの男。

思い出しただけで胸が悪くなり嘔吐感すら込み上げた。ギュッと握った手に違和感を感じ、見ると、ペンを握る指先が憎しみで白くなっていた。あの男のせいで僕は眠を妨げられた。あの男のせいで家族は優姫は記憶を失った。あの男のせいで、僕はひなと離れ離れになった。

それでも李土が居なければひなが生まれることはなかった。彼女のいない人生なんて考えられないし、僕にはわからない。その事実を思うと少しだけ李土に対する憎しみが揺らいだ気がした。

何となく視線を感じて振り向いてみると、君がこちらを見ていた。
久しぶりに絡み合う視線。いつも憂いを映し出すその瞳。幼い日に初恋を知って、想いを告げて輝いて、悪夢のようなあの日には絶望して赤く腫れて、寂しさに深く浸って、それでも、世界一美しいと思える双蒼。僕が愛したその眼差し…でも、月日が経つにつれて視線を合わせることは滅多になくなってしまった。

僕を伺うその瞳は、驚く程に熱を含んでいた。それはあの日以来、見ることは叶わなかった想い。

伝わればいいのに、願いを込めて同じ熱を贈るも、君は目を伏せてしまった。代わりに理知は隣に座っている一条に目を向ける。ほら。いつだってそう、願いは届かず想いは指先から零れ落ちていく。…僕たちは何故、こんなにも不器用なのだろう。

君が苦しんでいることを知っている。

その血を恨んでいることも、李土を憎んでいることも、僕への想いを断ち切ることも口にすることもできずに感情を持て余していることも。

そして僕を嫌いになることを切に望んでいることも全て。

『時は全ての傷を癒し、そして握り潰す』

僕たちヴァンパイアだって例外ではない。望めば永遠を生きることはできるけれど、絶えず波寄る歳月の流れに逆らうことは叶わない。変化こそが時間の本質そのものだから。故に…苦しみが永遠には続かないことも、僕は知っている。

何を引き換えにしても構わない。いつか、必ず来るその日までどうか。神さま。本当にいるのなら彼女に伝えてください。

"May thy heart always be there,"

(僕への想いを手放さないで)


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