突発ネタ集

□サモクラ
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ワイスタァン。


世界の剣、鍛冶師の国と様々な異名を持ち聖王国、旧王国、帝国とリィンバウムの三大国家のいずれにも属さない中立国である。

かつてリィンバウムを脅かした異世界の外敵から召喚の智を持たない者が身を護る術として特殊な剣を作りだし、今も脈々とその技術を受け継ぐ剣の都。

ワイスタァンの鍛冶師がつくる剣には不思議な力が宿り、剣士ならばワイスタァンの剣を持ちたいと口ずさまれるその国が大国に属さないでいられるのはひとえに、鍛冶師であり剣士、もしくはその身内としてワイスタァンの住民が必要とあらば自国の武器を手に戦士へと姿を変えることにある。

そんなワイスタァンに住む者たちをまとめる選ばれた7人を『鍛聖』と呼ぶ。
鍛聖はワイスタァンの王であり、騎士であり、最高評議員であり、ワイスタァンの誇りでもある。




そんな鍛聖の座に若干13歳で着き、今では住民たちに七柱の一角といえば…と話題に上る少年『黒鉄の鍛聖クリュウ』の話は噂だけ聞いたならば天才だ、生まれ持った才能だと違う世界の住人の様に思われがちだ。

「う〜ん………あ゛〜」

御伽話に出てきそうな噂の少年は書類を前に唸りながらペンをさ迷わせる。その姿はさながら気の進まない宿題に問答している学生の姿だ。

「クリュウ様、そろそろお茶にしませんか?」
「っうん!もらいます!」

一向に進まない書類に気を利かせた中央工場の女性職員が湯気の立つ紅茶とバターの香り漂うクッキーをトレイにのせて休憩を提案すると現金にもぱっと顔を輝かせて椅子から腰を上げる。
銀色の髪が照明の光を受けてより一層顔が輝いて見える。

重役に着いてからの勉強の日々は着実にクリュウを成長させているが、この現金な幼さが飾り気がなく女性職員は好意的な苦笑をこぼす。

「わぁっいい香りですね!ありがとうございます」
「クリュウ様、」
「あ。ありがとう」
「はい」

クリュウがワイスタァン最高職について一年が経つ。
いまだ部下への敬語が抜けない所を指摘されるが、慣れた様子で訂正する。

「は〜…やっぱり紅茶は聖王国の物が一番おいしいね」

うんうんと得意げに紅茶を吟味するがその紅茶が帝国産であることは職員の胸の内にだけとどめておく。

「あれ、そういえば…プラティ知らない?」
「プラティ様でしたら地下迷宮の転移装置定期検査の護衛に回られています」
「えっ!?そんなの聞いてない…こともない?けど…」

鍛聖専用の立派な机に静かに積まれた用紙の山に眉を寄せながらクッキーを一口で食すクリュウの顔は不満そうだ。

クリュウの双子の妹プラティはクリュウの補佐役で鍛聖に次ぐ重役だ。
双子だから贔屓されたと言われればクリュウには否定できないが、プラティをクリュウの補佐に引き抜いたのは現役の鍛聖達なのだ。

そんな引き抜かれた妹は兄のクリュウから見ても実に要領がいい。
長男気質というのか、クリュウは自分でできる仕事はできる限り自分でこなしたく、仕事を抱え込み易い。対してプラティは任せられることはできるだけ周りの人に任せて自分にしかできないことをこなし、そうして作った時間で…迷宮に行く仕事をこなして楽しむのだ。


早い話、机にかじりついて一日が終わるクリュウは少しでも武器に触って一日を過ごせるプラティが羨ましくて拗ねている。


「そう言えばクリュウ様。昼前にサナレさんが訪ねてきましたよ」
「えっサナレが!?」
「はい。クリュウ様を呼びに来ようとしましたが仕事中ならと帰られました」
「わっ、急いで終わらせなくちゃ!」

ばたばたと紅茶とクッキーのトレイを隅に寄せて全く進んでいなかった書類に目を通し羽ペンを動かす。
休憩前とはえらい違いである。それがティータイムの効果でないことは明白だ。

「…大した用でないと言っていましたよ?」
「それでも!」

紙の山を確認し、期限に余裕のない分を僭越して他は隅に寄せる。

「わざわざ中央工場まで来たんだもん。会えるなら会いたい」

話を聞きたい、ではなく会いたい、と言ったクリュウに職員はトレイを引いてかたずける。
バターの香りや茶葉の匂いはどうあっても集中を欠けくだろうと。

クリュウにとって少し高めの机にかじりつく姿をちらりと確認し、職員は執務室を出る。

「あ」
「あ、プラティ様。今お帰りですか?」
「はい、お疲れさまです!」
「お疲れ様です」

鍛聖補佐、プラティは迷宮探索が楽しかったのだろうか、輝かしい笑顔で軽快に廊下を歩いている。
帰ったばかりなのだろう。使いこまれた剣がまだ腰にさしてある。

「クリュウは今いますか?」
「いますが…今はそっとしておいた方がいいですね」
「?…」

職員の言葉の意味を考えて首をかしげる。兄と瓜二つの銀髪の二房がプラティの動きに合わせてひょこりと動く。

「サナレさんがいらしたんですが、すぐ帰ってしまわれたのを追いかけたいようです」
「あー。サナレかぁ」

そっかそっかとかしげていた首を納得したようにうんうんと動かす。

「…呼ぶほどではないと言ってましたよ?」
「それでもだよ」

双子の兄と同じことを言っている。

「鍛聖の仕事が忙しいって一番分かっているのはサナレだからね」

それでもわざわざ来たんなら、大した用なんかじゃないんだよ。
そう言って定期検査の報告書をどうしようかとヒラヒラを仰ぐ。

「あっっ!」
「あ、クリュウ」

勢いよく執務室のドアが開いた。
ドアと同じく勢いよく出てきたクリュウは今朝から見なかった妹の姿を目にして驚くが対して妹の方はころころと笑っている。

「早く行ってあげたら。帰ったら報告書があるんだから」
「あ、うん。置いといて!」

慌ただしく走っていくクリュウの姿をぼーっと見送る職員にではこれでと一声かけてプラティも廊下を歩く。


「…子供なんだか大人なんだか」



国の最高職について、慣れないながらも努力し試行錯誤する毎日。

責任感が子供を大人に変えていく。



「サナレェ!」
「…っは!?クリュウあんたっ、鍛聖の仕事はどうしたのよ!!」
「いや、サナレが来てたって聞いて…」
「それでわざわざ走ってきたって言うの!?バカじゃないの!?」
「そんなに言わなくてもいいだろ!」
「もうっ、ほんっとバカなんだから」
「…あれ、サナレ笑ってるよ」
「っうるさいわよ」
「それで、話ってなに?」



責任ある大人であることを求めてしまう反面、なぜか子供らしく慌てる姿、笑顔に安心してしまう―――



「…って、考えてみたら鍛聖の皆さんが大人な子供だからじゃない」



子供心溢れる上司に慣れ過ぎてしまったようだ。

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