shortDream3

□美術室のあの子
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今日も、いるだろうか。

いつからか、放課後に、美術室に来る事が日課になってしまっていた僕。
正確には、彼女に会いに来る事が日課になってしまっていた。

音を立てないように、美術室の戸を開けると、そこには一人の少女がいた。

その少女を視界に入れた途端、今日もいた、と安堵の息を吐くと同時に、自分の表情が緩むのを感じた。

何故その少女に会いに来るようになったのか、というと、それは本当に偶然の出来事。

僕がたまたま、美術室の前を通り掛かり、たまたま、美術室の戸が少し開いている事が気になり、たまたま、そこを覗いたのだ。
そこには、今と同じように、椅子に座って花瓶の花を時々見ながら、絵を描く少女がいた。

少女は確か、雨音楓、と言ったか。
クラスメイト、というだけで特に話した事もなかった。

紅子のように特別綺麗な人でなければ、青子のように特別可愛いわけでもない。
だからクラスで特にそういう意味で目立つ事はなく、かと言って、浮いた存在なわけではなかった。

だが、確かにその日から、僕の中で彼女の存在は大きく変わった。

初めて見る、彼女の真剣な横顔。
その瞳は、どこかキラキラと輝いていて。それだけで、この人は絵を描く事が好きなんだ、という事が分かった。

ただ、それだけだったのに。彼女のその表情を見て、暫くその場から動けずにいた。
僕はそれから毎日、通い続けるようになった。
そしてある日、彼女に気付かれ、今では普通に、といってもこの場所で、二人きりの時だけだが、会話をするようになっていた。

それが僕の中ではとても大切な時間となっていた。


「今日も来たんだね、白馬君。」


ふと、花に色を塗っていた手を止め、こちらを振り返った少女、雨音が微笑んで言った。
その表情にですら、動けなくなってしまいそうになる自分がいた。
何とか表情を崩さずに、ええ、とこちらも笑って答えた。


「今日もまた、その花の絵ですか?」


ゆっくりと美術室の中に入り、後ろ手に戸を閉めながら、そう問い掛けた。
すると彼女は「うん。」と短く答えると、再び筆を動かし始めた。


「‥‥ひとつ、聞いても良いですか?」


彼女の少し後ろまで歩いていき、そこで止まりそう言うと、彼女はこくり、と頷いた。


「何故、その花の絵ばかり、描くんですか?」


彼女は、僕が初めて此処へ訪れた時にもこの花の絵を描いていた。
それからも、毎日、毎日、同じ花の絵を、何度も、何度も、繰り返し描いていた。
その理由が、どうしても分からなかった。
けれど、思い入れがある事は確かなのだろう、とは思う。
何故なら、彼女はその花を、とても愛おしそうな表情で見ているからだ。
僕は彼女の、その表情に一番惹かれていた。

彼女は一瞬目を丸くしたが、すぐに微笑むと、答えた。


「この花が、どこか白馬君に似ているから。」


まさか、自分の名前が出るとは思っておらず、ぽかん、としてしまう。
そんな僕にくすくす笑うと、彼女は更に言った。


「私、人物画は苦手だから。‥だから、せめて、白馬君に似ているこの花を、描いていたの。」


ちょうど塗り終えた所なのか、彼女はそっと筆を置くと、僕の惹かれたあの表情で、優しく、描かれた花に手で触れた。

次第に、僕は自分の頬が熱くなっていくのを感じた。
振り向いた彼女の頬も、ほんのり朱色に染まっていた。


「‥また、今度で良いから、僕を‥描いてほしい。」


良いかな、と問い掛ければ、彼女は目を見開いて、え、とかあ、とか言葉にならない声を上げていた。


「下手とか上手とか関係ない。僕は君に、僕を描いてほしいんだ。駄目かな?」


すれば、彼女は、「是非、描かせて下さい。」と微笑んだ。


これからも、僕は、この放課後の美術室での、彼女と二人きりの時間が一番大切な時間となるだろう。
それは、もしかしたら、彼女も同じなのかもしれない。
そう思うと、嬉しくて、そっと目を閉じた。

いつか、きっと近い内に、彼女に描いてもらうであろう自分の姿を、その瞼の裏に思い浮かべて。




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