shortDream2

□一双で十分
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ちらちらと視界に白いものが映る。

両手でそれを受け止める。

ふわ、と手に舞い降りたその白いものはすぐにじわ、と溶けていく。


雪だ。

最近寒かったし、降っても不思議ではない。

なのに変な意地を張ってコートを着ない自分は、本当に馬鹿なのかもしれない。

はぁ、と自分の手に息を吹き掛ける。

すると突然自分の手を誰かがそっと握ってきた。

その手から相手の温もりがじんわりと伝わってくる。

楓は顔を上げてその人物を確認する。

そこにいたのは、少し困ったように笑っている兵部京介だった。


「全く、君はどうしてそんな薄着なんだい?」


そういう自分もそうではないか、と内心思った楓を見透かすかのように兵部は答えた。


「僕のこの服は特別な物でね。全く寒くないんだよね。」


兵部の笑みを横眼で見ながら、楓はでも、と言った。


「お年寄りなんだから、こんな寒い日にあまり外に出ない方が良いんじゃないの?」


その問い掛けに半ば苛立ちを覚えた兵部の表情は引き攣っていた。


「良いだろう。僕の勝手だ。」

「あ、もしかして怒らせちゃった?ごめん、そんなつもりはなかったんだけど。」


眉を下げながらそう言う楓は、確かにその気はなかったのだろう。

しかしそれでも兵部は少し気に食わなかった。


「まぁ、良いさ。」


口ではそう言いながらも、明らかに不機嫌そうな表情だ。


「拗ねた?」

「拗ねてない。」


ムッとして少し強く言った兵部に苦笑を洩らす楓。

その時、楓が突然くしゃみを一つした。


「ほら、言わんこっちゃない。」


兵部がその様子を見て目を細めて言った。

すると五月蠅い、と言ってマフラーに顔を埋めた楓。

そんな楓を視界の端に捉えながら、兵部はズボンのポケットから何かを取り出した。

その"何か"を視界に捉えた楓の表情が少し曇った。


「何。自分だけそれで手を暖めようっての?」


その"何か"は一双の手袋だった。

楓は恨めしそうにその手袋と兵部を交互に見る。

すると兵部は肩を竦めてまさか、と言った。


「じゃぁ何。見せびらかすだけ見せびらかしといて装備しないっての?」


完全に捻くれた楓に兵部は苦笑を洩らす。


「違うよ。ほら、楓。右手を出して。」


兵部をじとりと睨みながらもその言葉の通りに右手を差し出した楓。

兵部はその楓の手を掴むとその手に手袋をはめさせた。

そしてもう片方の手袋を兵部は自分の左手にはめる。

それに楓は目を丸くする。


「何がしたいの?」


きょとん、と兵部を見ると兵部はやれやれ、といった表情で言った。


「君は相変わらず鈍いね。ほら、左手を出しなよ、楓。」


その言葉に少しムッとしたが、分からない事は事実なので反論は出来ない。

仕方がなく、兵部の言う通り自分の左手をそっと相手に差し出すと、兵部はその楓の左手を自分の右手で握りしめ、自分のポケットの中へと突っ込んだ。

じんわりと伝わってくる温もりが心地良い。


「手袋なんて一双あれば十分さ。」


ニヤリ、とそう笑ってみせた兵部に、楓は頬が熱くなってくるのを感じた。

その様子を見た兵部はニヤニヤとしながら言った。


「どうしたんだい、楓。顔が赤いようだけど。」

「…っ馬鹿。」


相手から視線を逸らし、空いている手で口元を隠す。

嗚呼もう恥ずかしいな。そんな気持ちでいっぱいだった。


「――楓、」


不意に名前を呼ばれ、何、と振り返ると同時に額に柔らかい感触。

再び頬に熱が集まってくる。


「君は本当に面白いな。」


そう言ってカラカラと愉快そうに笑う兵部。

それをじとりと赤い顔のまま睨みつける楓。

それからふと笑みを止めるとグイッと繋がっていた手を引っ張った兵部。

突然の事に抵抗出来ずそのまま兵部の方へと倒れる楓に兵部は、今度は唇に口付けるのであった。





Fin.
 

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