短編

□いいわけ
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ひらりと薄紅色の花弁が、舞い降りる。
辺りを見回すが、出所見つからず。そびえるのは薩摩藩邸の外壁で、門扉まではそれが続く。
のんびりしてしまうは、きっと春の陽気のせいだ。散歩気分の軽い足取りで、門を目指す。

大久保「遅い!」
「ひゃっ!」

怒鳴り声に、驚き情けない声をもらす。

大久保「お前と違い、私は暇ではない」

眉間に皺が寄る大久保さん。
わ、私だって暇ではないんですよ。お寺探しとか、寺田屋さんのお手伝いとか、…あとは甘味屋巡りとか。
大久保「どうせ、甘味屋にでも寄っていたのであろう?」
「!?」

な、なんで考えてること分かったの!?
大久保さんってエスパー??

大久保「なんだ図星か。さっさと来い、茶を淹れろ」
「ま、待って下さいよっ!私は寄り道なんてしてないですからね!!」

私は、先行く後ろ姿を追いかけた。


「わぁ…」

感嘆する私に、にやり大久保さんは口角を上げる。
大きな薩摩藩邸の広い庭に、満開の桜が咲き誇っていた。
それを正面に構える縁側へ、ひらひらと花弁が舞い込む。
さっきの花弁、ここのだったんだ!

大久保「小娘。呆けていないで、そこへ座れ」
「あ!はい」

先に腰を下ろした大久保さんの傍らに、お茶のセットが用意されていた。
いけない。お茶を頼まれてたんだった。
蒸気の上がるお湯を急須に注ぎ、しばし待つ。
こうしないと、大久保さんの納得するお茶は出来ないのだ。

「どうぞ」

大久保「用意は藩のものだがな」

「あの大久保さん、これは?」

お茶飲みには関係のなさそうなものが一つ、お盆の脇にあるので尋ねた。
紐で縛られたそれは、両手に収まりそうな大きさの包み。

大久保「小娘、開けても構わんぞ」

言われたまま、包装を解く。

「わぁ!」

開いた中には、琥珀色のたれのかかるお団子!
まさか、これ大久保さんが私の為に用意してくれたの?
そう思って見たが、相手は肩をふるわせて笑いを堪えるばかり。

大久保「くっくっく。目を輝かせて…花より団子を地でいくか。さすがは、小娘。期待を裏切らないな。食い気が勝っている」

こ、この人はっ!
たぶん真っ赤に怒った顔の私に気づいて、楽しそうに口を歪める大久保さんは、開いた包みから一串取りだすと、そのまま尖らせた私の口元へ差し向ける。

大久保「ん?どうした、要らないのか?」

…困った、けど美味しそうなものを目の前に、意地悪い笑みは見なかったことにしてあげた。
パクッ。
…!!な、なんなのこのお団子。
甘しょっぱいたれに柔らかいお餅がよく合ってて…悔しいけど。

「美味しいです!」
大久保「そうか。」

一口かじられただけの串は皿に置かれ、大久保さんは私の淹れた極渋茶の湯飲みを手に取る。
一口飲むとふうと息を吐く。

大久保「小娘の入れた茶もなかなかだ。」

ホッとした私は目を細める。

大久保「たまの休憩に華を愛でるのも悪くないな」

同じく目を細める大久保さんと、視線が絡む。

「ええ。本当。あんな立派な桜をお家で見れるなんて贅沢です」
大久保「は?」

彼がキョトンとした顔で私を見る。
何言ってるんだって顔。
あれ、変なこと言った?
私が首を傾げると大久保さんは、あぁ、と納得した声をもらし庭先へ顔を向ける。
「そちらの花か。そうだな。見事な咲きぶりだ」

視線の先には大きな一本の桜木。これ以外に何があるっていうのだろう?

「あの、休憩って言ってましたけど。まだ仕事終わってないんですか?」
大久保「終わっていないから休憩なのだ。小娘が食べ終わったら戻る」

…私は残った串を見つめた。
そこには、小さなお団子が4つ残ってて、急がなくても、すぐに食べ終わりそうな量だ。

大久保「どうした?食べ終わっても、ゆっくりしていって構わんからな」

私の様子に気づいて柔らかく笑う。

「ありがとうございます…」

私は礼を言って串を手に取り、お団子を口にする。
あと3つ…。

大久保「ふん。なんだ急にしおらしくになりおって。団子は逃げんぞ?」

ズズっとまた一口極渋茶をすする大久保さんは、私とは反対に上機嫌で。
こんな機嫌が良いの珍しい。
…春の陽気のせいだろうか?
ここに来た私みたいに気分が弾んでるのかもしれない。

私は大久保さんから目を逸らし、手の中の串をクルクルともてあそぶ
口にしたものが、なかなか飲み込めないのも、そう、きっと春のせい。
だから、お団子が急に食べるのが惜しくなったのも、きっと。
きっと春のせいなんだと思う…。

暖かな陽の下、二人の間にひらりと花弁が舞い込む。風が吹き、木々が何かを運ぶようにザワザワと揺れていた。


おわり

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