泣いているのなんて格好悪い。
そう彼に最初に教えたのは俺だったと思う。
あの日、いつものように兄弟にしこたま虐められた彼が森の仲間達に泣きついていたのを見て、思わず出たセリフだった。
泣いているのなんて格好悪い。だから兄貴達に嫌われてるんじゃないのか。確か、そんなことを言った気がする。
子どもとは残酷だと今なら思う。何故虐められるのか理由も分からず泣いていた子ども相手に簡単に追い討ちをかけられるのだから。
それ以来、イギリスは人前であまり泣かなくなった。
あの泣き虫だった金色毛虫は、こっそり姿を隠しながら泣くのがうまくなったのだ。
そして、大人になった今でも。
「君は昔話ばかりで本当に鬱陶しいね」
世界会議の僅かな休憩時間。
会議室に広がった不穏な空気に各国がピタリと動きを止め、それから巻き添えを食わないようにとそそくさと部屋を後にしだした。
「え、あ…」
言われたのは、金髪に緑色の瞳を称えた青年で。彼は美しい色合いの瞳を僅かに揺らした後、
「うるせえよバカぁ! このメタボ野郎が!」
といつもどおりのセリフを吐いて――ついでに中指を立てて会議室を飛び出していった。
「なんだい? あれ」
「……」
空気を読まない――いや、多分内心では読んでいる男アメリカは、その横で彼をねめつける様に見ている日本の視線などものともせずに肩をすくめた。
(ああ、ったく……)
今日はなんだったか。
確か、最近多忙と評判のアメリカを心配したイギリスが珍しく皮肉も交えずに近況を尋ねたところから始まったのだ。
それに、最初は機嫌よく話していたアメリカも何かの折に昔と今の彼を比較し始めたイギリスに腹を立てた、というところか。
(毎度毎度)
あきない奴らだこと、とつられるように会議室を出たフランスは、とりあえず人気がなさそうな場所を巡る。
長年の付き合いで、こういった時どこにイギリスが行くかなんてのは大体把握していた。
そうして、数箇所心あたりを巡ったとき。
(いた…)
会議室から遠く離れた廊下の隅で肩を落とすイギリスを見つけた。
(さぁて)
どうするか。
いつも通りヘラヘラと近づいて、彼を弄ってやれば容易に元気に憎まれ口を叩くだろう。
そんなのはお茶の子さいさいだし、いつもの慰め方法でもあった。今回もそれでいくか、と相手から見えない位置に隠れたフランスは様子を窺ってみる。
すると、半ば予想通りイギリスはほとほとと涙を零していた。
チッ、と舌打ちをする。
間に合わなかったか、と。
「…メリカのバカぁ……」
風の流れに乗って聞こえた言葉に、フランスは苦い想いを噛み殺す。
いつだって、自由気ままにイギリスの気持を揺さぶれるアメリカがうらやましい。
けれど、絶対に真似なんてしたくない。好きな相手を甚振って喜ぶなんて、そんなものは子どものすることだ。
実際、フランスが子どもの頃もそうだった。
日頃ムッツリと顔を顰めている小さな子どもが、自分がつついて何かを言うと大きな瞳を潤ませて泣きそうになる。
それが、なんとも言えず――心地良かった。
イギリスが自分の言葉だけに心を動かされているのが、なんとも言えず……心地よかったのだ。
ガキの執着から来る残酷な被虐心だった。
それを図体ばかりでかくなったガキは――アメリカはまだ捨てない。
捨てられない、とでも言うべきか。
(何を言っても、イギリスが許し続ける間は無理だろうな)
結局、イギリスだ。自分も、あいつも。
イギリスが泣くから、イギリスが傷つくから、だからあいつは暴言を吐く。だから、自分はここにいる。
フランスは一歩踏み出すと泣いているイギリスに「よう」と声をかけた。
気配に気づきながらもいまだぼろぼろ涙を落とし続ける彼は何も言わない。
そんなイギリスの肩に手を回し、片方の手でよしよし、と頭を撫でる。
それでも何も言わないイギリスにフランスは言った。
「あんまり泣かされてんじゃねーぞ、大英帝国さん」
「……るせぇ」
ぐしゅ、と濡れた声が可愛かった。
潤む瞳に口付けたいと思いながら、その前髪を払って頬に手をあてる。
「っさわんな」
パン、と弾かれた左手の甲が鈍く痛む。けれどその音に痛そうな顔をしたのは自分ではなくイギリスだった。
多分叩く気はなかったんだろうとその表情で検討はつく。暫し沈黙が続き、イギリスは何故か落ち込んだ様子で俯いていた。
「まあ、なんだ…」
「……」
「細かいことは気にせずお兄さんと一発すればいいと思――グハッ!」
バッとジャケットを開いた胸元に間髪入れず鋭いボディブローが入る。
みぞおちはないだろ、と思いながら地面に転がれば「ふざけてんじゃねーぞ!」と可愛げなく苛立ちを露にイギリスは立ち去る。
涙もようやく止まった様子の彼に、仰向けに寝転がった状態でフランスは苦笑する。
(まあ、怒るくらい元気があるなら大丈夫か…)
損な役回りだな、と思いながらそれでも彼が好きなのだ。
泣かないでベイビー
(もっと真剣に言ってくれれば俺だって)
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まとのさんが書いてくれた絵にちなんで。
仏英大好物なんです。でも難しい…。
最後の一言は英からです。
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わんこ様から頂きました!
もう本当わんこの文章好きすぎる!
はじまりは私が描いた絵からだったんですね。
忘れてた…
あんな駄絵でもこんな素敵な小説になるんですね。
生きててよかった。
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