office story 【番外編】

□それが恋とは気付かずに
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 ◇◇◇

「ここかぁ、ヴァリアー・デザインボックス」

手の中の薄い端末に表示された地図と、その建物を交互に見遣る

一等地からは少し外れているが、この辺りの土地もそれなりの地価だろう

1階と言うか、半地下に駐車場。正面玄関に続くアプローチはどこか中世の城を思わせる様な造りで、とてもオフィスビルには見えない

そのビルの最上階がヴァリアー・デザインボックスのオフィスのようだ。入口横の見落としてしまいそうな位の小さな案内板にその名が記されていた

(ここに、あの【紅 −くれない−】をデザインした人がいるのかぁ……)

ビルを見上げ、そしてだからどうだと言うんだ−−−と自問した


自分が今、学んでいる広告デザインを専攻したきっかけをくれた人物、『ベルフェゴール』

彼が手掛けたものは一目見ればすぐにそれと判る。どこがどう…と特徴がある訳ではない。その時その時で企業や商品が違うのだけれど、その表現方法というか独特の雰囲気が、目にした瞬間にベルフェゴールの手によるものだとフランの心が気付くのだった

彼の手掛けた作品を目にするごとに、それ自体にだけでなく、それをデザインした人物にまでも強烈に興味が湧いてきた

きっと、とても繊細で大人な印象の人物だろう

そう、この目の前にいる、腰まで伸ばした銀髪と同じ色の瞳で自分を睨めている男のような−−−

と思ったのも束の間、その考えは消し飛んだ

「う゛ぉぉい!なんだテメーは。なにさっきからウロついてやがる」

耳をつんざく怒声に"繊細"という言葉は掻き消された。ただのウルサイ大人だ

「あー、ここってベルフェゴールさんのオフィスですよねー?」

目の前の人物がアプローチに向かっているのを確認して尋ねてみた

「あ゛ぁん?」

ギロッと睨まれたが別にやましい事をしていた訳ではないので(いや、ウロウロしていたんだから十分怪しいけれど)、怯むことなく相手を見返した

「ここはXANXUSのオフィスだぁ゛。ま、ベルフェゴールはうちのデザイナーだがな。なんだ、クソガキに用事か?それならハッキリそう言え」

そう言い終わらないうちに腕を掴まれエレベーターに放り込まれた

うちの…と言う事は、この人物もヴァリアーの関係者で、そして『ベルフェゴールさん』ではないという事らしい

そりゃあ、こんなウルサイのがあの広告をデザインする人物である筈がない

だって『ベルフェゴールさん』は繊細で大人で……きっと目眩がする程の立派なイイ男だろう。ミーの勘はよく当たる

うんうん、とひとりで納得しているとエレベーターは目的階へ到着し、扉が開く

「う゛ぉぉい、ベルはいるかぁ。テメーに客だぁ!」

エレベーターが開くと廊下や扉はなく、いきなりデスクや大きなモニタが並んだオフィスが視界に飛び込んでくる

そして一斉に自分に向けられた視線に射抜かれながらオフィスの中を見渡すと、前髪で瞳を隠した金髪の青年がゆらりと立ち上がり、口角を吊り上げて「誰、おまえ」と頭から足元まで舐める様に見回してししっと笑った
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