キリリク

□愛しい距離
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書庫の扉が開いていたので中を覗くと探していた恋人が自分の背よりも高い位置の資料に手を伸ばしていた

「…と。あと…ちょっと」

目的のものに僅かに手が届いたところで後ろからそれをヒョイと抜き取る

「届かねーんだろ?言えばとってやるのに」

びっくり顔で振り返ったフランにそう言うと不機嫌そうにカエルメットをペシペシと叩き始めた

「このメットが邪魔で腕が上がらなかったんですー」

「そうは見えなかったぜ?じゃあ届くように抱っこしてやろーか。ししっ」

壁の端に立てかけてあるハシゴを取りに行ったフランは更に不機嫌そうに目を細めて

「結構ですー。すぐそうやってガキ扱いするんだから」

とブツブツ言いながらハシゴに足を掛けた

「ミーはこれからぐっと成長するんで、センパイなんかあっと言う間に見下ろしてやりま−−−」

足早にかなり高い位置まで登り、オレを見下ろそうと振り返った途端カエルの目玉が上の桟に引っ掛かり、バランスを崩したフランの身体が後ろに倒れた

「すー……」

「フランッ!!」

駆け寄ったオレの頭をカエルメットが直撃し、更にその上にフランがハシゴごと崩れ落ちてきた




 * * *

「で?どーすんだよっ」

ベッドの上で胡座をかいて座るフランが、ソファでクッションを抱えて背中を丸めているベルに声を掛ける

「そんなのミーに聞かれても知りませんよー」

抱えたクッションに更に力を込めたベル−−−正確にはベル(仮)がタメ息混じりに返事を返す

「身体が入れ替わるとか……意味分かんねーし」

どうにもこの状況を把握しきれず天を仰いだ

どうやらさっきハシゴから落ちた衝撃でふたりの心と身体が入れ替わってしまったらしい

「今夜の任務どうすんですかー。この状態じゃ幻術使えるかも微妙だし。ミー、ナイフなんて投げられないですよー」

「……だよなぁ」

ふたり揃って大きなタメ息を洩らす

「大体おまえ、ハシゴから落ちるとか暗殺部隊としてどーなの?」

「むー。すべてはそのカエルメットのせいですー……あ!」

おもむろにソファから立ち上がり、テーブルの上のメットを手にベッドへ回り込んで来る

「ふっふっふっ」

「あ?なンだよ気持ち悪りィな」

いつもは自分がしている口角を吊り上げた表情で近づいてくる自分の姿のフランをエメラルドグリーンの瞳を眇めて見つめ返した

ズボッ!!

「なにすンだ、テメー」

「なにって、今はセンパイがミーなんだからセンパイが被るに決まってるじゃないですかー」

いつもの様に人差し指を立ててそう言うが、その姿は見た目自分な訳で、いくら仕草がフラン特有のものだとしても違和感ありまくりだ

「これ被ってたから手が届かなかったんだし、ハシゴにも引っ掛かって落っこちたんですよ。これはもうカエルの呪いですねー」

フランはひとり納得した様にウンウンと頷き隣に腰を下ろした

「それにセンパイってば、いつもミーをガキ扱いするから一度ミーになってみて思い知れって神様が身体を入れ替えたんですよ、きっと」

「別にガキ扱いなんて…」

と言いかけて言葉を止める。自分としてはそんなつもりはないけれど、人生で初めて大切にしたいと思える相手についつい手や口を出して甘やかしてしまうのは、フラン本人からしてみたらガキ扱いされていると感じるのかもしれない

「……ま、なる様になるか」

「はー。センパイは呑気でいいですねー」

「だってしょうがねーじゃん」

原因が判らないのだから慌てても騒いでも仕方ない

「そういやおまえ、大きくなりたいって言ってたろ。どう?オレの身体」

「どうって言われても…」

瞳が隠れているのでフランの表情が窺い辛い

「そりゃ早く大っきくなりたいですけど。別にミーはセンパイになりたい訳じゃないし…」

ふっと俯いた表情が気になって覗き込むと、見られまいとする様に立ち上がる

「なんか飲みますかー?」

「フラン」

思わず手首を掴んで引きとめた

見上げたその距離に、これがいつも自分を見ているフランの位置なのだと気付く

「あぁ、そうか」



−−−おまえがもどかしいと思うこの距離さえも、オレには愛しいのだけれど



空いた方の手を伸ばし瞳を覆う前髪を掻き上げる

「赤くなってる」

「え?」

「さっきメットが当たったとこ」

掴んだ手首をグイッと引き寄せ思い切り背伸びしてその額に口付けると、被り慣れていないカエルメットが外れ、ぽふんと後ろのベッドに転がった


『ミーはセンパイにふさわしい大人になりたいんですー』


唇がそこに触れた瞬間、胸に届いたフランの想い

その想いごと、背中に回した腕で力いっぱい抱き締める

トクトクトク 胸に寄せた耳に響く鼓動はフランのものかオレのものか分からない位に強く強く抱き締めた



「ん…あり?」

抱き締めていたはずのオレ自身が息苦しくて身を捩ると背中に回っていた腕を慌てて解いたフランが真っ赤になって後退る

「戻…った?」




 * * *

「結局なんだったんですかねー?」

「さぁな」

フランが淹れた紅茶をすすりながら、さっきまでの事を振り返る

「でもまぁ任務に出る前に戻れて良かったですねー」

「んー」

フランのカップが空になっているのを確かめて、小さい恋人を腕の中に掻き抱く

「あー、戻る前にもっとイロイロ試したいコトあったのになぁ。おまえの身体使って」

「/// 何言ってんですか、変態堕王子ー」

「失礼だろ、カエル」

腕の中で暴れるフランをぎゅっと押さえ込む

「離せー!」

「ししっ。ヤだね」

「また入れ替わっちゃったらどうすんですかー」

「もうならねーよ」


もしもこの先、オレを見上げるこの距離が縮んでも、オレはきっとおまえをこうして腕の中に閉じこめるだろう


「オレの可愛いカエルはおまえだけ♪」

「ゲロッ。意味分かんないですー」

「いーからいーから♪」



おまえの気持ち、すっげー嬉しいけどさ

でも、そんなに慌てて大きくなるなよ…な?
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