pleasure story【享楽編】

□寝耳に水
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それは思いもよらない展開だった




その日は珍しくベルフェゴールとは別々の任務で。謂われのない罵詈雑言を浴びないだけ精神的には平穏に過ごせたものの、予想よりも雑兵の数が多くて少々手こずった。同行したレヴィの必殺技は敵が狭い範囲に集まっていれば有効だけれど、今日のように分散している時はベルフェゴールのナイフやワイヤーを使った攻撃の方が手っ取り早い。どうして今日は彼がこちらの任務に割り振られなかったのだろう。そう言えばもう帰ってきているだろうかと眩い金糸が脳裏を掠めて慌てて首を振る

「堕王子のこと考えるなんて、よっぽど疲れてるなー」

これはきっと今日の人選ミスのせいで肉体的疲労を抱えるハメになったせいだと自室のドアの前で大きなため息をつく

「こーゆー日は甘いモノでも食べてさっさと寝るに限る。うん」

確か冷蔵庫にパンナコッタが1つ残っていたはずだ、とポケットから取り出した鍵をいつもの様に鍵穴に差し込みつつひとりごちたが何故か不穏な気配を察知し、前言を早くも撤回しなくてはならない事態を予測した



「ぅわー、サイアク。一番見たくない幻覚が見えるー」

ドアを開いた己の部屋の中には、ついさっき頭の中から追い出したはずの人物が人の悪い笑みを浮かべてこちらを見ている

「幻覚じゃねーし。相変わらず失礼だな、アホガエル」

「失礼はどっちですかー。ここ、ミーの部屋なんですけど……あっ!」

ベルフェゴールの背後に、隠しておいたはずのパッケージを見て取りダッシュで駆け寄る

「ちょっと、人の部屋の中勝手に漁らないで下さいっ」

縦長の貼り箱の中に5つ並んでいたはずのジャンドゥーヤが残りひとつになっていた

「美味かったぜ、ソレ。誰に貰った?」

「……なんでそんな事聞くんですか」

「だってギフト用っぽいじゃん?おまえなら絶対お徳用の大袋買いそうだし」

「ギフト用って気付いたんなら貰うだけじゃなくて誰かにあげる可能性とかも考えません?普通」

「あー、あげるんなら大丈夫。味の保証はオレがしてやるよ。しししっ」

「そんな保証いりません。あー、もぅ…」

じとっと恨みがましい視線を向けても一向に悪びれる様子もない。最後のひとつを半ば自棄気味に口へと放り込む。とろりと舌の上でとけたミルクとマカダミアの香りが涙を誘った

そもそもこれはベルフェゴールに渡そうと思って用意したものだった。けれど本来の役目を果たすことなくその当人の胃袋に収まってしまった。美味かったと言ってくれたのがせめてもの救いだろうか

「で?誰にやるつもりだった?」

「もういいです。それよりさっさと自分の部屋に帰ってくれます?」

あっけらかんと尋ねられ、ささやかな殺意すら覚えたが、まさか来週がサン・ヴァレンティーノだって知ってます?とも言えずそれ以上追求されたくないのでいささか強い口調で言い放った

『ハウス!!』とばかりにドアを指差し退出を促すが出て行くそぶりどころか腰を上げようともせず、ヘラヘラと薄笑いを浮かべていて本日二度目の悪寒が背筋を走った

「なぁ」

「――…なんですか」

「おまえ、ソッチ系?」

「…は?」

前振りもない唐突な質問に面食らい、そっちとはどっちのことだと己の左右に頭を振る

「や、別にオレは偏見とかねぇけど。でもちょっと意外っつーか」

「だから何の話で…―― っ!?」

ベルフェゴールがそれまで閉じられていたノートPCの天板を上げると、そのディスプレイには男性同士が絡み合っている画像が映し出された。そしてタッチパッドに指を滑らせリズムよくトン、と触れるとその度にウィンドウが切り替わり見覚えのあるサイトが次々と表示される

「別に何見たっていいんだけど。レヴィの履歴だって実際エロ動画サイトばっかだし?」

「履歴って…だって」

「あー。目に見えるトコ消したって残ってンだよねぇ、キャッシュとか。パスワードも初期設定のまんまだしブラウザの履歴もいかにも%Iなのが残ってるだけって逆に超アヤシイ。で、ちょいちょいっと覗いてみたら出てきたからさァ、こーゆーの。しししっ」

他の奴らは誤魔化せてもオレは騙されないぜ。だってオレ王子だし、天才だし。と、お決まりのセリフにこの場合王子≠ヘ関係ないだろうと突っ込みかけてやめた。ベルフェゴールの言う通り、目に見える部分は検索履歴も含めその都度削除していたし、パスワードも設定変更すると何か見られたくないものでもあるのかと勘繰られる気がして敢えてそのままにしていた

他の幹部連中にはそれで十分だったはずだ。こんな事で彼の能力を認めたくはないが、やはりベルフェゴールには通用しなかった。こうなっては今更慌てたり誤魔化したりすると彼の思うつぼだ。待ってましたとばかりにイジられるに決まっている。それならいっそ認めてしまってさらっと流す方がかえって拍子抜けして追求する面白みをなくすかもしれない



「――見つかっちゃったんなら仕方ないですねー。あー、でもソッチかどうか聞かれても自分も分かんないです」

極力、胸の裡を悟られない様に平坦に答える。案の定ベルフェゴールの口元は笑みの形からへの字に変わった

「隠してもしょうがないから言っちゃいますけど。ミー、ノーマルな方も含めてそういう経験ないんで、正直どういうものなのかなーって、知識として知っときたくて見てただけです」

ほら、これでどうだ

性に対する興味というものはある程度の年齢になれば自然と湧く通過儀礼のようなもので、そんな時期は恐らく目の前の男にもあったはず。それを敢えてネタにしてからかおうとする神経は一般論というものを持ち合わせいてない彼の特性だろう。だからと言って、そう易々と挑発に乗せられてたまるか。ベルフェゴールの扱いはヴァリアー中の誰よりも慣れている。嫌というほどペアを組まされたのだ。思いもよらない感情をそんな相手に抱くようになってしまうほどに―――

「これで満足ですか?もう潔く認めたんだからさっさと帰ってくれません?」

男同士のセックス≠ノついて調べてしまった理由を知られてはならない。フランが頭の中で想い描いていた相手がまさか自分だとは、恐らく露ほども思っていないだろうとしても

とにかく今日は疲れているのだ。渡そうと思っていた相手に思いがけず食べられてしまったバレンタインギフトのことも、一番知られたくない相手に見られてしまった恥ずかしいインターネット履歴のことも、何もかも忘れて眠ってしまいたい

しかしベルフェゴールは何か思案しているのか無言のまま立ち上がろうともしない。仕方なくその傍らに立ち、思わず洩れたため息と共にノートPCの天板を閉じた。しかしその手をいきなり掴まれてびくりと身体を揺らす

「じゃあ、試そうぜ」

「――…は?」

問われた意味を咄嗟には理解出来なかった。ぽかんとベルフェゴールの顔を見つめるフランを前髪に隠された鋭い視線が射抜く

「言ってる意味が…」




「王子とセックス、しよ♪」




ニイッと吊り上がった唇から目が離せない。その悪魔の囁きに翻弄されるビジョンは明らかなのに、まるで蜘蛛の糸に絡め取られたように指一本動かすことが出来なくなっていた



2016/3/3

→side B 『春の戯れ』へ続く

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