pleasure story【享楽編】

□秘密の扉
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それはよくある好奇心だった




ペアを組むことが多いフランと、その日は別々の任務で。キッチンかサロンに寄ればルッスーリアの焼いたサンタローサかカンノーロが残っていると思ったがそこまで食べたい訳でもなく、それならフランが隠し持っているおやつを巻き上げれば嗜虐心も小腹も満たされると踏んで自室手前のそのドアを蹴り上げた

しかし、いつもなら「うるさいなー」とか「何回ミーの部屋のドア壊せば気が済むんですかー」と至極迷惑そうなツラを覗かせるのに、そこはシンと静まったままで何の反応も示さない

「まだ帰ってねーのかよ。使えねぇな」

チッと舌打ちして踵を返したが、ふと足を止める。案の定、施錠されていてドアノブは回らない。しかしこの屋敷に18年暮らしてきたベルフェゴールにとってそんなものは無意味に等しい

慣れた手つきで鍵穴を細工し、ものの10秒足らずで侵入に成功した。幼い頃にもこうやってレヴィの部屋に忍び込みイタズラを仕掛けたり、スクアーロのベッドに潜り込んで驚かせたりしたものだ





「――相変わらずなンもねー部屋」

広々としたリビングフロアとキングサイズベッドが余裕で収まるベッドルーム、それにバスルームとがそれぞれ独立している自室に比べフランの部屋はソファとベッド、そして古くさい装丁の書籍がずらりと並んだ本棚が一度に目に入る。簡易キッチンもないので、ほぼ正方形に近いコロンとした1ドア冷蔵庫がベッドと反対側の部屋の隅にちょこんと置かれていた。多分あの中にはブリュレの類が入っているだろう。以前そこから渋々取り出したのを覚えている

「んー…、あとは――」

ぐるりと視線を巡らせて、ノートパソコンの置かれたデスクにあたりをつけた。椅子を引いて腰掛け、抽斗を下から順に開けてみる。一番下の深い抽斗からはジャッポーネ製のカップ麺が2つ、真ん中の抽斗からは食べかけのバジルチップスとグラハムクラッカーが発見された

「ししっ。いいモンみ〜っけ♪」

そして一番上の抽斗の奥からイタリアの老舗ショコラティエのロゴが控えめに箔押しされたパッケージを引っぱり出す。縦長の貼り箱を開くとそれぞれ微妙に色味の違うジャンドゥーヤが5つ並んでいて、無造作に真ん中の粒を摘み上げ口に放る

「んー、ンま♪」

舌の上でゆっくり溶ける濃厚なカカオを味わいながら今日の任務を思い出していた。敵の数はそう多くなかったが、なかなかイイ声を上げる相手で久しぶりに嬲り甲斐があった。早々に諦める奴は殺しがいがないし、あまり抵抗されても面倒臭い。その点、今日のターゲットはじわじわと攻めるのにもってこいで充分に楽しめた。あの断末魔の叫び声がまだ耳の奥に残っていて、それを思い出すだけで得も言われぬ快感が背筋を走り抜けた

「やっべぇ。超きもちイイ」

2つめのジャンドゥーヤをぽい、と口に放り舌先で転がす。1つめのものよりやや甘みが強く3つめはその反対側の粒を摘んだ。予想通りそれは程よくビターが効いていてヘーゼルナッツの香りが鼻に抜ける

箱には左右の端に1つずつ残っている。そういえばフランはまだ手を付けていなかったのだろうか。質より量を好むフランにしては大袋ではなくギフト用にも見えるこれを自分で買ったのか、それとも誰かに貰ったのかふと気になった

しかし、食いたくて買ったのならさっさと食ってしまえばいいだろうに。自分ならそうする。欲しければまた買えばいいのだ。それともやはり誰かに貰ったもので、大事にしまっておいたのだろうか

「……知ーらね、っと」

何故だか微かな苛立ちを覚え、それを誤魔化すように一番濃い色をした4つめを口に入れたところでさっき肘でどかしたノートパソコンに目が行った

「ん?これって…」

真紅のボディとロゴに見覚えがある。確かベルフェゴールが数台前に使っていた機種だ。天板を開くとディスプレイについた傷に確証を得る

「あいつ、こンな古いの使ってんだ」

新しいものが出るとすぐに買い替えるベルフェゴールからしてみれば1〜2シーズン前のPCでも相当古いものに感じられる。現に電源ボタンを押してから立ち上がるまでの時間が長くて苛ついた

TOP画面の背景は標準タイプのそれで、アイコンが左端に行儀良く並んでいるところがフランらしい。自分が使っていた頃は打ち込んだ報告書のファイルが画面いっぱいに所狭しと並んでいた。どうやら報告書は右下のフォルダに格納されているようで、他にもいくつかタイトルのついたフォルダを開いてみたがやはり任務資料が主でこれといって面白いものではなかった

「ちっ。つまんねー奴。なんかアイツの弱み握れるよーなモンねぇのかよ」

例えばエロ画像とか。あと、日記的なものとか。それをネタにからかえば数日は退屈しないだろう

「んー…。あとは、っと」

ブラウザを開きヴァリアー本部の回線用セキュリティキーを入力する

「なンだ、パスワードも初期のままじゃん」

難なく繋がった回線に微妙な違和感を覚えつつ履歴をチェックする。数週間遡ってみたが、それぞれに3、4件の履歴が残っていてどれもパティスッチェリアやジェラテリアなどの甘いモノ系店舗のサイトでいかにも≠キぎて片眉を上げた

「こンな目に見えるトコだけ繕うから不自然なんだっつーの。しししっ」

頬杖をついた姿勢を正し、ナイフ胼胝のある長い指をキーボードに滑らす。インターネットを利用はするものの、その仕組みや設定に関しては興味がない、と言うより無知に等しい年配幹部はこれで誤魔化せるだろうが自分までがそんな小手先のフェイクに引っ掛かると思われているなら教育のし直しが必要だ

「オレ様に隠し事なんか出来ると思うなよ、アホガエル」



カシャカシャカシャ―――カッ



ENTERキーを叩いて画面に現れたキャッシュにニンマリと口角を上げた時、ドアノブに鍵が差し込まれた音でこの部屋の主の帰還を知る。巧妙に隠したつもりの秘密≠ェとっくに暴かれているとも知らずに、その扉を開けてどんな表情(かお)を見せるのか。唇に悪魔の笑みを乗せて、その瞬間を待つ

「ししっ。こりゃ当分退屈しねーな♪」






さぁ、お楽しみはこれからだ―――



2016/2/11

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