little story 【林檎U】
□オンリー・ミー
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「なァ。なんか思い出したのかよ」
「んーん。ぜーんぜん」
ジュラで見つけたこの時代のフランは何故か記憶を失くしていて、未来で起きたことも、ヴァリアーのことも、そしてベルのことすらも覚えていなかった
そんなフランをヴァリアーに連れ帰って早一年。本人は至って健康で元気なのだが記憶は戻らないままだった
「…おまえさぁ」
「んー?」
ベルの膝の上を占領し格闘ゲームと格闘しているフランは負け続けていて何度もリセットしてはコントローラーを叩きまくっている
「戻ンないままでいいのか」
「えー…。だってべつにこまってないもん」
そう言われてしまえば確かに困っている訳ではない。記憶喪失であっても幻術は使えるわけだし、日々の訓練で体力もついてきている。フランはチーズの角に頭をぶつけたと言っていたがそれも祖母から聞いた話でその状況になった理由も忘れてしまっている
無理して思い出させるのはよくないとスクアーロやルッスーリアは口を揃えて言うけれど、だからといってこのままでいるのもどうかと思うのだ。それは自分が受け取った未来の記憶に含まれていた10年後のふたりの関係を、それを知っているのが自分だけというのがどうにも心に引っ掛かっていてスッキリしないせいもあった
ただ、そうは言ってもたかだか6〜7歳の今のフランがそのことを知るのはどうかとも思う。もしかしたら知らないまま、思い出さないままの方がいいのかもしれない
まぁいいかと思う気持ちと、いやでもやっぱりと思う気持ちがせめぎ合い、結局答えが出ないまま一年が経とうとしている
「あー!またやられちゃったー」
−YOU LOSE−
フランが操作していたキャラクターが地面にのびていた。勝敗を知らせる文字の浮かんだ画面に向かいフランが悔しげな声を上げる
「ねぇ、べる!どうやったらかてるの?」
「あ?そンなの自分で考えろ」
「かんがえたもん!でもかてないからおしえてよー」
両手で握ったコントローラーを上下に振り、足をバタつかせて暴れるフランのリンゴ頭にゲンコツを振り下ろす
「分かんねぇからってすぐ誰かに聞きゃいいって考えが甘ぇんだよ」
「えー。だってわからないこと、しらないことはオトナにききなさいってオカマがいってたよ」
「ったく、あのモヒカンオカマ野郎 ――…ん?オトナに…?」
ふと閃いた妙案にニイッと口端を吊り上げる
「べるぅ?どうしたのー?」
「しししっ。そうだよ、オトナに聞いてみりゃいーんじゃん♪」
急に様子が変わったベルの顔の前でひらひらと小さな手を振るフランがきょとりと首を傾げた
* * * * *
ぼふんっ ―――
目の前に白煙が上がり、その向こうに現れた人影は見慣れたそれより随分と大きなシルエットだった
「けほっ、けほっ…、あ、れ?」
ぱたぱたと手で煙を払い、ぱちぱちと目瞬きを繰り返した碧の瞳が大きく見開かれる
「べるっ!?」
「ししっ。大〜成功、ってか♪」
オトナに聞け≠ニいうフランの言葉で閃いたのは10年バズーカを使って未来のフランを呼び出すことだった。未来での闘いで重要な役割を果たしていた10年バズーカは記憶が送り込まれて以来この時代でも最重要研究対象になっていて、ボンゴレ本部に研究チームが発足していた
ヴァリアーがボンゴレ本部に赴くことに特に異を唱える者はなく、ベルは堂々と正面玄関から入り込み、その後は少々強引で手荒な方法で10年バズーカ弾を1つ失敬した
「あ…え?ミー、どうして?」
状況が呑み込めないフランに手短に説明し、一番聞いておきたかったことを尋ねると緩く首を振られて答えを知る
「10年経っても記憶は戻ってねぇ……か」
ある程度の予想はしていたがやはり現実を目の当たりにして落胆している自分がいた。今すぐにではなくてもフランの記憶が戻るのかどうか、もし戻っていたら何がきっかけで思い出したのかを聞きたかった
「……べる?」
黙り込んだベルの顔を覗き込むようにフランが顔を寄せる。その仕草が幼いフランと同じで、そんな当たり前のことに力無く笑った
「あれ、おまえ隊服じゃねぇな」
わざと全く違う話題を振ると「あっ」という顔で服の裾を引っ張る
「今日はお休みで、べると買い物してたから…。べるがこれ着てみろって言うから試着室に入ったら煙が……」
確かによく見るとそのジャケットやパンツにはタグがついたままだった。あぁ、それなら幼いフランは今頃試着室の鏡の前で目を白黒させているだろう。今更だがタイミングによっては任務の真っ直中へ放り込んでしまったかもしれないと思うとゾッとした。たった5分とはいえ、幼いフランを危険に晒してしまう可能性もあったのだ
フランの両肩をぽんぽんと叩き、「オフで助かった」と告げると照れたように僅かに頬を染める
「…あれ?」
目の前にいるのは確かに未来の記憶の中にある10年後の姿なのだけれど何かが違う気がする。どこがどう…とハッキリ言えるわけではないが、リンゴもカエルも被っていないというだけではないその違和感が拭えない
「おまえ…フラン、だよな?」
「え?何言ってるの、べる」
「それだっ!おまえ位の歳だとオレのことセンパイ≠チて呼んでねぇか?」
「あ…っ、うん。任務の時はそう呼べって言われてる」
「不本意そうだな」
「そんなことないよっ!あの、今日はオフだったし…」
動揺しているのがありありと分かる。未来から届いた記憶の中のフランはいつも素っ気ない態度で表情もほとんど変えず、あぁ言えばこう言う可愛げのない毒舌家だったらしいのに、目の前にいるフランは表情もよく変わるし言葉遣いもそれほど悪くない。それよりなによりフランの全身から滲み出ている情≠フようなものが真っ直ぐ自分に向けられていてなんだかこそばゆい。幼いフランがそのまま大きくなったような可愛げがあって、恐らく違和感の正体はそのあたりにあるのだろう
「なぁんか調子狂うんだよなぁ…。ま、ベル≠ナいいけど。今はタメだろ、多分」
「いいの?」
いいもなにもあと数分で元の世界に戻るのだ。それなのにそんな風に嬉しそうにされるとなんだかこちらまで照れ臭い
「ミーの記憶のこと気にしててくれたんだ」
「別に、そういうんじゃねぇけど」
間違いなく記憶のことが気になってこの状況を作り出したくせに。シラをきるベルにフランが微かに笑う
「ヴァリアーに連れてきてもらって、結局何も思い出せないままだったけど、ミーはべるとずっと一緒にいられたから…だから平気だったよ」
「ずっと…?なぁ、ミルフィオーレ≠チて聞いたことねぇか?」
「ミルフィ…?ドルチェかなにか?」
「いや、知らないならいいんだ」
未来の記憶は必ずしもその通りに起こる訳じゃない。あの闘いでミルフィオーレに勝利し、白蘭が拘束されて未来だけじゃなく過去も変わった。今、目の前にいるフランは6歳で出逢って共に10年を過ごして成長したフランだ。今の自分達が進む彼の世界にはマフィアもヴァリアーも存在するけれどあの闘いは起こらないということなのだろう
「オトナに聞きゃいいって考えが甘いって、オレがフランに言ったんだっけ」
「え?なに?」
自嘲めいた呟きを聞き返したフランの周囲に白い煙が立ち上る
「時間切れ、か」
「あ…べるっ!」
咄嗟に掴まれた手を見つつ再びフランの顔に視線を戻すと煙の向こうに消えかけた唇が『ダ・イ・ス・キ』と動いた
「フラ ――ッ」
ベルの手を掴んでいたほっそりとした指がまぁるくふっくらとした幼児のそれに変わる
ばふっ ―――
「ダメ、ダメ!あけちゃダメーっ!!」
煙の中から現れたフランはエメラルドグリーンの瞳を涙で潤ませていた
「ししし。おかえりィ」
「え?あ…べるっ!!」
必死の形相で叫んでいたフランはベルの姿を認めるとくしゃりと顔を歪めて抱きついてきた
「べるっ!べるっ!!」
宥めるようにぽんぽんと背中を叩いてやるともう一度ぎゅっと抱きついてから顔を上げた
「あのね、もくもく〜ってしたらべるがきえちゃってね、それでねっ」
「それで大っきな鏡のある小っさい部屋にいたんだろ?」
「へ?なんでしってるの?」
狐につままれたような顔とはこういう顔だろう。ぷっと吹き出すとフランの眉根がきゅっと寄る
「べるがなんかしたんでしょ?ミー、こわかったんだからねっ!ドアがガチャガチャってして、だからあけちゃダメーっておさえてたの」
どうやらドアノブを押さえて抵抗しているところで時間切れだったらしい。ドアノブを掴んでいたはずが、いきなりそれがベルの手に変わっていて驚いた、という事か
「悪りィ。もうしねぇから」
「うん。やくそくだよ?もうヘンなことしないでね。しらないことやわかんないことをきくオトナはべるってきめてるんだからいっしょにいてくれないときけないでしょ」
「…オレもまだ大人じゃねぇよ」
本人の承諾なしに未来のフランを呼び出した。そのことで幼いフランが危険な目に遭うかもしれないと、そこまで考える余裕もないままに、自分の疑問を晴らしたい一心での無茶な行動だった。そんなのは大人のとる行動じゃない
「でもミー、べるといっしょじゃなきゃいやなんだもんっ!」
ぎゅうとしがみつかれて愛しさを覚えた。このフランが成長した姿がさっき出逢った10年後のフランなのだろう
未来の記憶の中のフランとは別の、今のふたりが進む未来にいるフラン
「オレのフラン…」
「え?なぁに?なんていったの」
腕の中で身を捩りつぶらな瞳で見上げてくるフランの身体を離れないように抱きしめる
「なんでもねぇよ」
『ミーとずっといっしょにいてね』
10年後の笑顔も、きっとこの腕の中にある ―――
→ Ten years after ☆
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