little story 【林檎U】
□ロンサム・ミー
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「あら〜?季節外れのベファーナがいるわ〜!お婆さんじゃなくてお兄さんだけどォ♪」
「べふぁな…?あっ、べるっ!」
白い布袋を背負って帰ってきたベルを見てルッスーリアがフランに声を掛ける。サロンのソファで絵本を読んでいたフランはベルの姿を見つけると絵本を放り出して飛びついてきた
「おかえりっ、べる!それ、なぁに?」
「あー…。たまたまな、通りすがりに見かけて…」
期待に満ちた瞳をキラキラさせて肩に担がれている袋に興味を示すフランは何となく歯切れの悪い返答に気付くこともなく、床に下ろされた袋の口から中を覗き込み「わー、でっかい!」と奇声を上げて自ら袋の中に潜り込んだ
「あらあら!危ないわよ、フランちゃん」
慌てたマンマが袋の口を広げると床にぺたんと座り込んだフランと、そのフランに首根っこをぎゅぅぅっと抱きかかえられた大きな大きなカエルのぬいぐるみが現れた。ひょろりと長い手足をだらんと垂らした黄緑色のカエルはその細身の胴体とはアンバランスな大きな頭と大きな目玉が印象的だった
「んまぁ、可ン愛いぃ〜♪」
「気に入ったか?」
「ミーにくれるの?なんで?」
無垢な4つの瞳に見つめられベルが「うっ…」と返答に詰まる
「たまたまだよ、たまたまっ」
「ふーん…?」
大きなカエルと大きなリンゴが同時にきょとりと首を傾げた。その様子を見ていたルッスーリアが声を潜めて肘でつついてくる
「ちょっとちょっと、ベルちゃん」
「ん?」
「もしかして明後日からの例の任務の話、まだフランちゃんにしてないの?」
「……」
図星≠フ文字を肩に乗せて鼻先を掻くベルに、ふぅと小さなため息を洩らした
「早く話しときなさいって言っといたでしょう?黙って出掛けるのだけはダメよ、絶対」
「わーってるって」
実は二週間前に長期任務を言い渡されていた。フランをヴァリアーに連れ帰ってからは3日以上の任務から外してもらっていたのだけれど、それがいつまでもという訳にはいかないことはベルにも分かっていた。実際、フランもここでの生活に慣れてきたし、そろそろ元通りの割り振りに戻すとスクアーロから通告されていた矢先だった
長引けば10日。短くても一週間は本部を空けることになる。まさかフランを同行させる訳にはいかないので、その間は留守番になると伝えなくてはいけないのだけれど一日延ばし二日延ばしにしているうちに今日になってしまった
「あー…あのな、フラン」
「なぁに?」
「えーっと、あれだ。ほら」
「ほらって?」
カエルの手を握りゆらゆら揺らしながらベルの言葉を反復する。『任務がある』と言うだけなのに何故かそれが言えなくて口籠もるベルにルッスーリアが痺れを切らす
「んもーぅ、じれったいわねぇ。あのね、フランちゃん。ベルはちょっと長い任務が入ったからしばらく帰ってこられないのよ」
「え…。また3つかえってこないの?」
「いや…3つが3つ、位…かな」
「みっつがみっつ?」
カエルを肘で抱え直し、右手の指と左手の指を総動員して数え始めたがほぼすべての指が折られてしまい動きが止まった
「フラン?」
「フランちゃん?」
じっと両の手を見つめていたフランが勢いよく顔を上げ、「いっぱいだー」と無理矢理貼り付けた笑顔で言った。その健気な態度にベルの胸がちくりと痛む
「そうだな、いっぱいだ。だからオレが帰ってくるまでそいつと留守番しててくれよ」
「この子と?」
フランの目線に合わせるように膝を着き、小脇に抱えられているカエルの手でちょんちょんとお腹の辺りを叩くとフランの頬がみるみる膨らんでいく。眉間に皺を寄せ、カエルを抱えた拳がふるふると震えている
「ミー、こどもじゃないもん!ひとりでもおるすばんできるよっ」
「フラ――ッ」
脱兎の如く駆け出したフランを呼び止める間もなかった。膝を着いたままそれを見送ったベルの肩にルッスーリアがそっと触れる
「それでもしっかりカエルは連れて行ったわねぇ」
「…そーゆートコが子供なんだろっての」
微妙な罪悪感をそんな言葉で誤魔化して立ち上がる
子供扱いしたつもりはないが一週間以上もひとりで眠るのは寂しいんじゃないかと思ったのは事実だ。それは裏返せば自分が寂しいと感じたからなのだけれど
「それにしてもォ…」
「あン?」
「どうしてカエル≠ネのよ?」
ピンと立てた人差し指を頬に当て、「だってベルの代わりなんでしょう?」と言い当てる。やはりヴァリアーのマンマは全てお見通しらしい
「カエルって、だってあの子自身じゃない?…と言っても10年後のことだけどォ。ベルの代わりならもっと毛足の長いふわふわした…。そうねぇ、ベルを動物に例えたら何かしら?」
「……」
「ライオン…はボスだから、クマ?ワンちゃん?んー、犬より猫っぽいわよねぇ」
思考が違う方向に飛んでしまったルッスーリアの隣でフランが飛び出していったドアを見つめる
フランが怒ったのはちゃんと話しをしてやらなかったからだ。元々聞き分けのない性格じゃない。嫌だとか寂しいとか、ベルを困らせることは口が裂けても言わないだろう
それならば余計きちんと話してやればよかった。いや、今からでも遅くないはずだ。逸る心のままに駆け出し自室のドアを開けると両手で抱えた膝に顎を乗せてちょこんとソファに座っているフランが目の前のテーブルに置いたカエルをじっと睨みつけていた
「フラン…」
ハッと振り向いた瞳が悲しげに揺れている
「べる…」
ぐっと拳を握りゆっくりとした動作でフランの横に腰を下ろした
「あのな。今度の任務、長くなりそうなんだ」
8日目の明け方近く、任務を終えて大急ぎで本部へ戻ったベルが目にしたのは、どうやって袖を通したのかボーダーシャツを着せられたカエルにしがみつきキングサイズベッドの隅っこで丸まって眠る愛しい幼子の姿だった
(2014.8/20)