little story 【林檎U】

□レイン・ミー
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「あ…あめ?」

「げっ。マジか」





久しぶりにベルと街に出た休日。ベルが連れて行ってくれるお店は子供の目にも分かる程の超高級ショップばかりでちょっぴり気後れしてしまう。今まで縁のなかったそんな所で次々と買い物をするベルはきっとすごーくお金持ちなんだと思う。それをすごく誇らしいと思う気持ちと少し寂しいと思う気持ちがあって、それがどうしてだかは幼いフランにはまだ理解しきれないでいた

モールに入り何軒か見て回った後、ふと目に留まった真っ白なショップ。そこはオープンしたばかりのオーガニックコットン専門店で、真っ白だったのはまるで夏の入道雲のようにディスプレイされたふわふわのリネンのせいだった

「わー!すごいねー。べる、見て見て!」

頬を紅潮させ、身の丈よりも高く積み上げられたリネンを見上げれば自然と口が開く。「口開いてンぞ」と指摘されて慌てて両手で塞ぐとベルが楽しそうに笑っているのでフランもつられて笑った

「ねぇ、さわってもいい?」

ちょんと人差し指で触れるとまるで綿菓子のようにふわふわの弾力で思わず後ろに立つベルを振り返る。入っていいぞ、の合図のようにベルが顎で示してくれたのでベルの手を取って店内に足を踏み入れた。そこは何の色も持たない純白の世界。真っ白でふわふわのタオルを差し出され、そぅっと頬にあてるとその心地よさにうっとりと目を閉じた

ヴァリアーで使っているリネン類ももちろん高級品でとても柔らかいけれど、このタオルはそれ以上の肌触りだった。すっかり夢心地ですりすりとタオルの感触を楽しむフランにベルがある提案をする

「なぁ。おまえフロの後いつまでも裸で走り回ってるからコレなんかいーんじゃね?」

「そ、そんなことしてないよー!そんなのべるだっていつまでもパンツ一丁でいるくせにー」

「オレはいいんだよ、どうせそのまんま寝んだし。コレ、コイツのサイズある?」

「はい。お子様用もご用意させて頂いております」

にこやかな店員がラックから取り出した真っ白なバスローブはタオルと同じ素材のオーガニックコットン100%で極上の肌触りだ

「んじゃ、これ」

値札も見ずに購入を告げるベルと店員の顔を交互に見遣り、にっこりと微笑む店員に思わず叫んでいた

「べるのもくださいっ!」

結局、オレはいらないと言い張ったベルを半泣きで根負けさせてふたり分のバスローブを抱えて店を出た。その後リストランテで遅めの昼食を取り、満腹で店を出ると雨が降り出していたのだ





「ンだよ。さっきまで晴れてたじゃん」

「うん。あめがふるきせつじゃないよね」

本来乾期にあたるこの7月に雨が降ることは稀で、予想もしていなかった状況に店先で恨めしげに雨空を見上げた。サァサァと細い雨が石畳を濡らしている。しかし空は明るく、それほど長引きそうではない

「どっかで茶でも飲んで雨宿り…っつっても腹一杯だしなァ」

「うん」

つきさっきまでパスタにピッツァにドルチェまで今にも口から出そうなほど食べていた。もうなにか入る余地はない

「んー。オレひとりだったらこン位の雨、走っちまうけど…」

「ミーも!ミーもはしれるよっ」

置いて行かれてはたまらないとその場でバタバタと足踏みしてアピールしてみたがベルはフランが抱えているショッパーを指差して首を振っている

「それ抱えて走ったら転ぶに決まってんじゃん。だから後で取りに来させる荷物と一緒に…って。あぁ、そっか」

ポケットから携帯端末を取り出したベルに意味が解らず首を傾げる

「どーせ後で買い物した荷物取りに来させるつもりだったから今から車回させりゃいーじゃん」

「あ…」

街に出る時はいつも隊員に車で送ってもらっている。そしてベルが大量に買い物した商品を隊員が後で店まで取りに行くことも知っている。だからこのバスローブも預けていけと言われたけれど、どうしてもこれだけは自分で持って帰りたかったから包んでもらった。車が迎えに来たらきっとそのまま本部へ帰ることになるだろう。でも久しぶりの休日をもう少しベルとふたりきりで過ごしたい

「まって。ねぇ、まだでんわしないで」

「あ?なンで?」

どうしたらもう少しふたりきりでいられるだろう。きょろきょろと辺りを見回し、一生懸命考える。雨のせいで店先から一歩も踏み出せずにいるのに ――

「そっか、カサがあればいいんだよ!」

「カサ?カサなんて持ってきてねーだろ」

「あるよ。待ってて」

ぎゅっと目を閉じ、カサをイメージする。すると荷物を抱えたフランの小さな手に真っ赤なカサが握られた

「ほら!これでだいじょうぶでしょ」

「幻覚のカサか、なるほどね。幻術ってのはこういう時に便利だな、しししっ♪」

「えっへっへー。まぁね」

褒められて得意気になったフランにベルが手を差し出す。カサを手渡そうとするがチッチッチッと人差し指を振られてまたきょとりと首を傾げた

「それはおまえンだろ。オレのは?」

「え?あ…」

当然のようにもう一本出せと催促されて困惑する。もちろんもう一本出せないことはないが、フランがカサを思いついたのは通りの向こうを1本のカサで肩を寄せ合って歩くカップルを見たからだ。ベルとふたりで一本のカサで歩く姿しか想像していなかったフランはもごもごと口籠もった

「んと…いっしょのカサじゃ……だめ?」

ちらりと通りの向こうに視線を投げたフランにつられてベルもそちらを見る。フランの言わんとしていることを理解したのか、口をへの字に曲げてフランを見下ろしてくる

「いや、無理無理。おまえちっさすぎ」

「えっ!なんで!?」

「なんでって、この身長差じゃ絶対濡れるだろ。特におまえが」

「そうなの?」

相合い傘なんてしたことがないから身長の差に問題があるなんて思いもしなかった。ただ、自分はもう少しベルとふたりきりでいたかっただけなのにそれすらも否定されたようで悲しくなった

「……わかった」

「……」

それならば車を回してもらって本部へ帰ろう。自分が雨に濡れるのは構わないが、それでまた熱でも出して迷惑をかけたらいけないと思うし、逆に自分を庇ってベルが雨に濡れたりしたらもっと大変だ

「じゃあ、もうかえろ…っ、わっ!」

無理矢理つくった笑顔でベルを見上げた途端、胸に抱えた荷物ごと抱き上げられて目を瞬かせる

「しゃーねぇなぁ。ホラ、おまえがカサさせよ。オレは手が塞がってっからな」

こつんと額をぶつけられて慌てて真っ赤なカサを開いた。ベルはフランと荷物を抱えて雨に濡れた石畳へ一歩踏み出す

「これならカサ一本でもいーんだろ?」

「うん!うん!!」

荷物を自分とベルの身体に挟んで、小さな両手をベルの首にまわす

「あめのおでかけもたのしいね」

「そっか?オレは重いだけだけどな」

「むー。ミーおもくないよっ」

「コラッ、暴れんなっ!」

真っ赤なカサの花にポツンポツンと雨粒が弾ける。まるで今のフランの心のように嬉しそうに、楽しげな音楽を奏でているようにも聞こえた

「べる?」

「んー?」

「…やっぱりなんでもないっ」

もう少しだけ、雨のお散歩を楽しんでもいいよね。本部に帰ったら一緒にお風呂に入ってふわふわのバスローブにくるまってお昼寝しよう

ありがとう≠ニだいすき≠ヘまだ上手に言えないから、その想いを胸にベルの首にぎゅぅっとしがみついた



(2014.7/17)

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