little story 【林檎U】

□スノウ・ミー
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季節外れの雪が降った。腰窓の下まで椅子を引っ張っていき、頬杖をついて眺めていたらどんどんどんどん降ってきてあっという間に一面真っ白な世界になった

ベルは昨日から泊まりの任務で帰ってこない。本を読むのもお絵かきをするのも飽きてしまった。ルッスーリアのおやつも食べ過ぎると夕食が入らなくなるからと片付けられてしまったし、幻術を仕掛けてレヴィをからかってもいつも反応が同じなので面白くない。つまりは退屈なのだった



「あ〜ぁ。つまんないなー」

ただでさえベルが任務で出掛けている日のお留守番は寂しいしつまらないし好きじゃない。その上この雪では外に出ることも出来なくてフランのフラストレーションはたまる一方だ

ぴょんと椅子から飛び降りて寝室に向かいバルコニーに近づく。部屋の中は暖房が効いていてシャツ一枚でも寒くないけれどバルコニーに面した大きな窓のカーテンを引くと僅かな冷気を感じてぶるっと身体が震えた

「わぁー…」

窓近くはそうでもないが手すり側には吹き込んできた雪が数センチ積もっている。その手すりの上にはそれよりも更に雪が積もっていて、新しい雪がその上にまた降り積もる

中世の城のような造りのバルコニーは手すりの位置が低く、危ないから出ちゃいけないといつも言われていた。だからいつもはその言いつけをちゃんと守っていたのだけれど、暇を持て余したフランに目の前の光景はあまりに魅力的だった

「ちょっとだけだから ――」

誰とはなしに言い訳を口にし、年代物の飾りが付いた鍵をそっと外す。ギイッと音を立てて開いたガラス窓はそのままに手すりへ駆け寄り、たっぷりと積もった雪を片手でざぁーっとなぎ払う。舞い上がった雪は夜空にキラキラと輝きながらフランの足元へと落ちていった

今度は手すりの下にしゃがみ込み、両手で掬った雪を空へと投げ上げる。空から降ってくる雪と舞い上げた雪が一緒になってフランの頭にかかった

「ひゃっ、つめたーいっ!」

ぷるぷるっと頭を振って髪についた雪を払う。そうしてもう一回だけ、もう一回だけ、と雪あそびに夢中になっていった




 * * * * *

「はい、いいわよ。じゃあもう一回ちゃんとお布団肩まで掛けてね」

汗をかいたので着替えさせてもらった肌着を丸めながらルッスーリアがおでこに手を当てる

「お熱も一時的なものだったみたいだけど…、でももう少し大人しくしてらっしゃい」

ぴこんと鼻の頭を突かれてきゅっと肩を竦めた。ほんの少しだけのつもりでバルコニーに出たものの気が付けば一時間近くシャツ一枚の格好で雪と戯れていたらしい。夕食の準備が出来たと呼びに来たルッスーリアが冷え切っている部屋に驚き、バルコニーにいたフランを回収して急いで風呂に入れた

子供というものは夢中になると周りのことが気にならなくなるようで、夢中で遊んでいる時は寒さなんかちっとも感じなかったのに慌てて自分を部屋に連れ戻したルッスーリアの焦った顔を見た途端、急激な寒さに襲われてしまった。風呂に浸かって身体を温めても寒気が引かず毛布でグルグル巻きにされてベッドに転がされた。温かいホットミルクに蜂蜜を入れてもらい、それを飲んで少し眠ったら身体もだいぶ落ち着いてきた

「ホントにもぅ、ビックリしたわよォ。部屋の中は冷蔵庫みたいだし、フランちゃんも冷凍マグロみたいに冷たいんだもの」

「…うん」

バルコニーへ出る窓を開けっ放しにしていたので暖かくしていた部屋の温度も一気に下がってしまった。素手で雪をいじっていた小さな小さな手のひらは真っ赤で、靴も中までぐしょぐしょになる程濡れていた。いつもちょうどよい温度のお風呂が熱湯のように感じられたのだから相当身体が冷えていたのだろう

「ベルが留守の時、フランちゃんに何かあったらアタシが怒られちゃうわ」

責める口調ではないものの、やはり悪いのは自分だし、それでルッスーリアがベルに怒られるのは申し訳ない

「あの…ごめんなさい。えっと、ね」

もごもごと口籠もるフランにルッスーリアは慈愛の目を向ける

「べるには…その、…ないしょにしてくれる?」

「あら?怒られるのが怖い?」

「うぅん」

ふるふると首を横に振る。泊まりがけの任務に出ているベルが帰ってくるのは明日だと聞いている。一晩寝れば熱も治まっていつも通りになると思う。いいつけを守らなかったことを怒られるよりも、任務に出ているベルに心配を掛けたくないいうのが本音だ

「でも、ごめんなさいねぇ。もう連絡しちゃったわ」

「えっ!」

だってフランに何かあったらすぐ連絡しろ≠チて言われてるんだもの、とピンと立てた人差し指を左右に揺らす

「うぅ…」

「うふふ。でもね、もう熱も下がってるから大丈夫、心配しないでって言っといたわ」

じゃ、おやすみなさいとヒラリと手を振って部屋を出たルッスーリアを見送ってからハァとため息をひとつこぼした

ベルを困らせないように、心配を掛けないように、いつもそう思って過ごしている。ひとりで留守番も出来ないのかと言われるだろうか。今はカーテンが閉じられている窓をじっと見つめると目の奥がじわりと熱くなってぎゅっと瞼を閉じた
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