little story 【林檎U】
□スプラウト・ミー
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「あらあら♪今年はふたりでチョコ作り?いいわねぇ、仲が良くて〜」
キッチンに顔を出したルッスーリアが冷やかすような声を出す
「ウマいチョコなんかいくらでも買ってやるっつったンだけど、コイツが言うコト聞かねーんだわ」
右手でペティナイフを弄びながら大仰に肩を竦めるベルに肘鉄を喰らわした
「ミー、ひとりで出来るって言ったもん。べるが手伝うって言ったんでしょー」
先月終わり頃からソワソワしだしたフランの様子に気付いたベルがチョコなんて買えばいい≠ニ言った。確かに子供のフランが作るものなんてたかが知れている。ましてやベルは昔から高級品しか口にしない王子様だ。舌が肥えているのも分かっていたけれど、どうしても手作りに拘りたかったフランは首を横に振った
相手のことを想って選んだものならば市販のチョコでも気持ちは伝わるだろうが幼いフランは手作りにこそ意味があると思ったのだ
「そうよねぇ、熱い想いを込めるならやっぱり手作りよねぇ♪」
うんうんと頷いて同意してくれるのは嬉しいがそうハッキリ言われてしまうと照れ臭い
「そ、そういうんじゃないよ!もぅ、あっち行ってて!」
一年前、ヴァリアーに来て初めてのバレンタイン。何をどうしたらいいのか分からずルッスーリアと相談してベルと一緒に食べられるからとチョコレートファウンテンを用意した。スポンジケーキやフルーツを切ったり並べたりするのは難しくなかったけれど、滝のように流れ落ちるチョコレートを準備するのが大変だった
大きな岩のような固いチョコレートを溶かしやすいようにナイフで細かく削るのが小さなフランにはかなりの重労働で、手を滑らせて何度も指を切ってしまったし、力を入れてナイフを握っていたので手のひらにマメも出来てしまった
もちろん当日までベルには内緒にしておきたかったのだけれど、指先の切り傷とそれ以上にフランの身体に染み込んだ甘い甘いチョコレートの香りで何をしているかバレていたらしい
当時よりはフランも少しは大きくなったし力もついた。だからチョコレートを削るのもひとりで出来ると思ったしやるつもりだったのに、どうしても自分で作るんなら一緒にやる≠ニ言われてしまった
『ナイフ使いで王子の右に出るヤツなんかいない』
そう言われてしまったら反論出来ない。結局チョコレートを削る作業はベルが一瞬のうちにやり遂げてしまったのだった
「ハイハイ。邪魔者は退散するわよォ。ベルちゃん、フランちゃんに火傷させないでちょうだいね」
「わーってるって」
チョコを削った後の作業に関してはベルもフラン同様素人だし知識もない。けれど、自分のために一生懸命になっているフランに怪我をさせるつもりは毛頭ないとルッスーリアの杞憂を鼻で嗤った
そんなふたりのやり取りも殆ど耳に入らない位、フランはミルクパンの中身と格闘中だ。大きな鍋で沸かした湯に小さなミルクパンを浮かべ、木べらで絶えずかき混ぜる。乱暴に扱ってお湯が入ったりしたらまた1からやり直しになるので慎重かつ細心の注意を払う
踏み台の上に立ち、今は隣に並ぶベルと大差ない身長になっているがそれどころではなかった。チョコレートが程よく溶けたところで生クリームを加え、更にかき混ぜて艶を出す。そこに刻んだナッツと手でほぐしたスポンジケーキの切れ端を入れて全体に絡め、それをスプーンで少しずつ掬ってバットに並べて粉糖やチョコスプレーを振りかけて仕上げる。フランがレシピ本と睨めっこして自分ひとりでも作れそうだからと選んだ簡単トリュフが出来上がった