★思春期リンゴ物語★

□メール・ミー
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手のひらの中、指でつづる言葉

1→1、1→4→1、1

何度も打ってその度消した、たった4文字の言葉




ベルからのメールは相変わらずフランの保護者然とした内容のものか、別に知りたくもない他の幹部達の近況ばかりでベル自身のことは殆ど打たれていない。それもいつも2〜3行の短い文章で、だ

『好き嫌いしないで何でもしっかり食え』

幼い頃は甘いものやピッツァが大好物だったが、最初の頃は薄味だと思っていた和食も食べ慣れれば身体への負担も少ないしむしろ好きになった。ただ黒曜(ここ)にはジャンクフードを好む動物的な兄サンや食事よりもアルコール類を好む兄サン、そして師事する六道骸本人も大のチョコレート好きで、どちらかというとまともな食事にありつける率の方が低かった。でもそんな事でベルを心配させるのは嫌だったし成長期真っただ中ではあるが今のところ栄養失調になることもなく過ごせている

『髪を洗ったらちゃあんと乾かしてから寝ろ』

親のあとを追うヒナ鳥のようにベルのあとをくっついて歩いていた頃。フランの生活のすべてはベルと共にあった

共に眠り共に目覚め、任務から戻るとすぐにシャワーを浴びるベルに合わせて眠い目を擦りながら帰りを待って一緒に風呂に入った

髪を洗ってとねだれば無駄に泡まみれにされたり容赦なく頭からシャワーを浴びせられたりしたが「王子にこんな事させンのはおまえだけだ」と言われるたびに自分だけがベルの"特別"なんだと胸を弾ませた

いつだったかベルがふざけて買ってきたアヒルとカエルのビニールトイ。いつもバスタブのへりにちょこんと仲良く並べておいた。ベルの膝に抱かれながら「逆上せるなよ」とたしなめられるほどによく遊んだそれはまるで自分とベルのようで、古くなり弾力も失われてしまったけれどどうしても捨てられず実は今でも大切にとってある

ただ、その頃のことを思い出すと顔から火を噴きそうな位恥ずかしい

まだ何も知らない子供だったとはいえ、一緒に風呂に入ったり一緒のベッドで眠ったりしたのをベルはどう感じていたのだろう

自分の身体が大人へと変化を見せ始め、少しずつ少しずつベルとの距離が出来てしまった

それは自分の身体の変化を知られるのが恥ずかしいという思いだけではなくて、ベルに対する気持ちの変化に自分自身が気付き始めていたからだと思う

純粋にベルを慕い、自分のすべてはベルと共にあるものだと信じて疑わなかった頃とは違う甘く切ない想い

早く大きく強くなってベルと共に闘いたい。ベルをこの手で守りたい。そう願って自らを鼓舞してきた

しかし、いつの間にかベルを追う自分の視線が熱を帯びているのを感じ戸惑った

ふいに微笑みかけられると胸がときめいた

ぽん、と肩に置かれた手から伝わる温度に胸が高鳴った

任務の帰り道、ふと絡んだ視線をお互いに外したあとの気まずさに心が揺れた


『この気持ちはなに?』


ずっとずっと抱いていた信頼と尊敬の念が自分の中でいつの間にか別の名前の感情に変わっていった

「すき」 兄のように、家族のように慕う心

「好き」 目が合うだけでどきどきと心臓が躍り出す

「大好き」

きっと、そう。ずっとずっと胸の中にある想い



手の中の端末に積もるありきたりなメールを一日に何度も開いてはため息を零す

もっと幻術の精度を上げたい。自分が成すべき技を磨きベルの役に立ちたい。その為に一旦ヴァリアーを出て日本で、六道骸のもとで幻術の修行をすると決めた

このまま、ただそばにいてもきっと事態は進展しない。出来てしまった距離をただ縮めるのではなくて、きちんと自分の中で整理をつけてそして改めてベルの元へ帰る。そうしようと自分で決めたのだ

だから送れないコトバ


1→1、1→4→1、1
『あ・い・た・い』


目を閉じればそこに浮かぶのは眩しい金と銀と、大好きな笑顔

胸に抱いた端末がいきなり特別なひとからのメール着信を知らせる音階を奏でる

『任務完了♪』

一体どんな任務だったのかも判らないメールに小さく吹き出す

「おかえり。おやすみなさい。ミーは今から修行ですー」

送信完了のメッセージを確かめて、イタリアと繋がっているはずの空を見上げた



(2012.9/26)

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